No.19

A mountain of corpses 2P
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 20XX年 9月22日 20:34 堕喰(だくろ)の基地

 エルの歌声が聞こえる、堕喰の死骸の山。

エル「京介(きょうすけ)!」
エル「はやくここまで来て」
エル「私とひとつになって」

 少女の無邪気なまでの歌声。
 それは世界の終焉を祝福する歌声。





 春日井(かすがい)班は堕喰の基地の前まで来ていた。
 目標は堕喰及びエルの撃破である。

 ――ジンは春日井に告げた。

ジン『これまでも、堕喰はどこかで無限に産み落とされて続けている。という見解はありました』
ジン『堕喰は滅ばない、何者かが……堕喰を産み出し続けているのだと』
ジン『それがおそらく、あなたを産んだ母であるエルという存在』
ジン『彼女を撃破することができれば、少なくとも新たな堕喰が産まれることはありません』

小清水(こしみず)「……さすがにここまで近くに来ると、嫌でも聞こえますよ」

 小清水がそう言えば、桃李と桐ケ谷も同意するように頷いた。
 エルの歌声が響く。それは、春日井にとっては嫌でも聞き馴染みのあるものだ。

春日井「……行きましょう、これで全て終わらせる」

 そう言って、基地内へと足を踏み入れた。





レイター「ああ、エル様!!」
レイター「この世界が赤く染まる日が来た!!」

 周囲の堕喰たちが各々に叫び、目を赤く光らせる。
 レイターはその中心で、エルを称え声を上げる。

レイター「あたしたちがこの世界を支配する!!」「あたしたちこそ、あたしこそ神に愛された存在……!!!!」
レイター「今その愛をあたしの元に……!!!!」

 レイターは狂ったように踊り、笑い続ける。
 堕喰たちがレイターに群がり、その歯をレイターに突き立て、貪り食す。
 それでも、最期までレイターは笑い続けていた。

 その様子を見ることもせず、エルは微笑んで遠くを見ていた。

エル「今日は京介の誕生日だから」
エル「とびっきりのお祝いをしなくちゃ」





 空は赤く染まり、黒い月が、空洞のように浮かんでいる。
 世界の終焉は近い、それを阻止するために――今、戦っている。

 無数の堕喰を撃退し、基地の中心部へと辿り着く。そこには無数の堕喰の死骸が転がっていた。その死体の数は到底数え切れるものではない。よく見れば、壁や、春日井たちが立っているその場所でさえも、堕喰の死骸で埋め尽くされていたのだ。

 中央の死骸の山に座るエルは、春日井を見て微笑んだ。

エル「また会えたね」
エル「この間とはちがうお返事、きかせてもらえるかな」

春日井「答えは変わらない」
春日井「俺は、この世界を守る」
春日井「それが俺の仕事であり、信念だ」

エル「……そっか……」
エル「ざんねんだな……」

 エルがそう言えば、数体の堕喰が春日井たちの前に立ちはだかる。

エル「こたえが変わるまで、このこたちとあそんでおいで」

 そして、飢餓状態の堕喰たちは春日井たちに刃を向けた。

桃李(とうり)「消耗戦に持ち込もうってこと!?なかなか卑劣な真似するじゃない!」

 各々武器を構え、堕喰たちに立ち向かう。
 飢餓状態の堕喰たちは、通常では考えられぬ動きを繰り出す。思わず体制を崩し、そこを狙って攻撃を向けられてしまう。

桐ケ谷(きりがや)「コイツら、今までの堕喰とやり方が違う……!!」
小清水「喰いたくてしょうがないんでしょーよ、なりふり構わずってカンジですねぇ!!」

 その時、どこからともなく触手が堕喰たちを貫いた。
 それは一度見たことがあるものだ、自然と春日井は「影狗(かげいぬ)、」と呟いた。

影狗「……こんなところで勝手に死なれちゃ、俺が報われねえだろ!!」
影狗「てめェを殺すのは俺だ、春日井ィ!!」

 影狗の触手が春日井に向けられる。

小清水「春日井さん!!」
春日井「ッ……!!」

 それを刀で受け流す。影狗は止まることなく攻撃を続ける。

影狗「あの時、ただディープ・ブルーの連中がおまえだけを見つけた、それだけで!!」
影狗「運がよかった、ただそれだけでッ!!」
影狗「こいつから産まれたのは、俺もおまえも同じだろう……!?!?」

桐ケ谷「……影狗さん、まさか……」

春日井「……兄弟なのか、俺たちは」
影狗「……なんだよ、今更気づいたのか」
影狗「ああ、そうだよ、俺たちは同じ母親の胎から産まれた兄弟だ!!」
影狗「……なあ、俺とおまえで、なにが違った?」
影狗「なんで、おまえのそばにだけ」
影狗「おまえを守ってくれるようなヤツらがいるんだ」

小清水「……、」

影狗「ずるいよ、おまえだけ、」「みんな、おまえばかり……」「…………、」

桃李「馬鹿じゃないの」
桃李「あんただけこの世全ての不幸背負ってるみたいなこと言ってんじゃないわよ!!」
桃李「あんたがディープ・ブルーに所属できた理由も、あんたが今日まで生きて来れた理由も!!」
桃李「他人があんたの人生に関わったからでしょうが!!」

桐ケ谷「と、桃李さん落ち着いて……」

桃李「うるっさいわよこの朴念仁!!」

桐ケ谷「ぼ……、……」ぐ……

桃李「兄弟喧嘩ならよそでやってくれない!?それか今ここで納得するまで殴り合いでもしてみせなさいよ!!」
桃李「私はそれ酒のつまみにでもしてやるから!!!!!」

小清水「酒ないですよ」
桃李「言葉の綾よ!!!!」

春日井「……」「……武器を持て、影狗」
春日井「言いたいことがあるなら俺を負かしてみせろ」
春日井「俺が負けたら、土下座でもなんでもしてやるから」
春日井「立ち向かってこい、……兄さん」

影狗「……うぜえ……」
影狗「幸福に浸ったヤツらには、なに言っても伝わりやしねえ……」
影狗「泣いて謝っても、許してやらねえからな」





 一方その頃、ディープ・ブルー管理室では。
 無数のデータが表示されるディスプレイに急かされている、由自と神無木の姿があった。

由自(ゆうじ)「ああ~~~!!どうなってるのよこのシステム!!」
由自「っていうかもっと字綺麗に書きなさいよ!!誰!?これ書いたヤツ!!」
モルガ「私ですよ~」
由自「すみません、あの、とても味があって素敵というか」
ジン「気を使わなくて結構ですよ、字きたないですよね」

神無木(かんなぎ)「アッハッハッハ!!なんというか、こう、頭がおかしくなるぞ!!」
神無木「だがこれも成長へのステップだと思おう!!」

由自「人類のためとか知らないけど!!これができたらなんかかっこいい!!!!やってみせるわよ!!!!」





 刀同士が弾き合い、火花が舞い散る。
 両者共引く気配はなかった。ただがむしゃらに戦い、相手を負かしたいがために刀を振るい続ける。
 そこに隊士の志というものはなく、あるのは意地だけだ。

 春日井と影狗が戦っている間でも、堕喰たちですら引く気配などなかった。それを、小清水、桃李、桐ケ谷が撃退していく。

 バキ。

 そう、ヒビの入った音が聞こえた。それはパキパキとヒビが広がり、――影狗の刀が折れた。

 そこにすかさず、春日井が蹴りを入れる。身体を吹っ飛ばせた影狗は、折れた刀を手放して地面に転がって行った。

春日井「……俺の勝ちだ、影狗」

影狗「ゲホッ、……、ッ……ムカつく、な……おまえ、マジで……」
影狗「……俺、俺は……、俺は、俺は」

影狗「おまえになりたかったよ……京介」

 影狗がそう呟く、と同時に、それまで小清水らと戦っていた堕喰が一斉に影狗に群がった。
 彼が堕喰に対してそうしてきたように、堕喰は野良犬のように、影狗を貪り食ったのだ。

 しかしそれだけに留まらず、影狗を食い尽くした堕喰らは互いをも貪り喰う。互いに食して、肉に噛みつき、叫ぶ。

エル「……京介、どうして私と来てくれないの……」
エル「さみしいな……」
エル「京介以外をぜんぶこわしたら」
エル「京介は、私と来てくれる?」

 そう言ったエルの目からは、黒い涙が零れていた。

 死骸の山から降りたエルに、堕喰たちは噛みつき、喰らい、それはひとつの塊になり――継ぎ接ぎになり、異形のものへと変貌していく。
 巨大な8本の腕が地面を踏みつける。ギョロリとした灰色の目玉が、春日井を見た。
 この世界を破壊するために産まれた神。天からこの世に堕とされた破壊の神。全てを喰らい尽くし、青く染まる地球を赤く染めるために、ここに君臨した。

小清水「え、で、デカ……くねえ!?」
桃李「な、なにアレ!?この間のクソデカ堕喰とは規模が違うわよ!!」
桐ケ谷「……ッ、やるしか、ないんですか……!?」

春日井「引くという選択肢など俺にははじめからない!!」
春日井「倒すなら今しかないんだ!!」

桃李「向こう見ず無鉄砲なのも大概にしなさいよ!!……やるけど!!」
桐ケ谷「はぁ……、まあ、そうですけど」
小清水「あ~あ、五体満足で帰れますかねえ、これ」

 彼らが武器を構えた直後だ。

ジン「こちらディープ・ブルー。春日井班、聞こえますか?」

桃李「か、管理人……!?」
桐ケ谷「聞こえています!!」

ジン「遅くなってすみません」
ジン「この時のため、ディープ・ブルー結成時にモルガが計画していた最終兵器が完成しました」

春日井「さ、最終兵器……?」

モルガ「ふっふっふ……、見て驚くがいいです」
モルガ「さあ起動してください!」
モルガ「対堕喰殲滅兵器 ディープ・ブルーの真の姿をお見せします!」

 突如、春日井たちが持っている武器が光り出す。
 そして、それらはふわりと春日井たちの手から離れ、浮遊する。
 ガシャン!!という音が響いたかと思うと、武器たちはみるみるうちに変形していく。
 羽、エンジン、そして内部。それは、ひとつの巨大な飛行型兵器へと変貌した。

小清水「な、なんですか、これ~~!?!?」

神無木「やあ春日井班諸君!!元気だろうか!?私はもうクタクタだ!!アッハッハッハッハ!!!!!!」
由自「モルガさんが言った通り、それは対堕喰殲滅兵器、ディープ・ブルーよ」
由自「私たちも知らなかったんだけど……、隊員たちの武器が作られる時、巨大堕喰に対抗するためのシステムが組み込まれてたみたい」
由自「私たちはそれを弄って、機動させたの」

桃李「そんなめちゃくちゃな……」
桐ケ谷「しかし、これに乗れば対抗できるということですね」
桐ケ谷「やりましょう、対抗できる手段があるのなら、あとは我々が死に物狂いでやればいい」

春日井「……ええ、やりましょう」
春日井「このために、俺は今日まで生きてきた」

小清水「んじゃ、いっちょ暴れてやりますか」

 春日井たちはディープ・ブルーに乗り込む。
 難しい操作など必要はない、これまで武器を相棒とし戦ってきた彼らには、自然と「どうすればいいか」が理解できるのだ。

 ディープ・ブルーは浮遊し、堕喰目掛けて武器を発射する。
 被弾した堕喰は雄叫びを上げ、負けじと攻撃を振りかざす。しかし、それは軽い身のこなしで回避を繰り出された。
 堕喰は手を伸ばす、しかし動きの鈍い堕喰では、猛スピードで走り抜けるディープ・ブルーには敵わない。

エル「どうして……」
エル「人間の世界になんて、居場所はないでしょう」
エル「堕喰は人間にとって、受け入れられるものじゃない」
エル「私と来てよ、お願い」

春日井「そうだろうな、だからこそ影狗は苦しんでいたのだろうから」
春日井「でも、俺には居場所がある。彼の言う幸運が、彼の望んだ幸運が、俺にはあった」
春日井「“人間”ではなく、“仲間”が居場所を作ってくれた」
春日井「だから……もう大丈夫だ」
春日井「俺は生きていけるよ」
春日井「一人じゃないんだ」

 エルは「京介」と言った。それは呼んでいるようにも悲痛に満ちているようにも聞こえなかった。
 最後の一撃が堕喰に撃ち込まれる。爆風が辺りを吹き荒らし、堕喰は最後の叫び声を上げる。




「……」
「……元気でね」




 春日井の耳に届いた、少女の声。
 その声を最後に、春日井たちは意識を失った。





 次に目を覚ました時には、春日井班の全員は医療室のベッドの上に横たわっていた。
 堕喰殲滅任務は無事完了したと、ジンから告げられた。

 そして同時に、この世界に存在していた堕喰は全て消え失せてしまったのだと言った。それから、春日井の身体調査の資料を見せた。

ジン「それは隠蔽作業を行っていない、過去の検査結果です。ここの数値が異様に高いのがわかるでしょう、これは、春日井さんが堕喰であるという証明でした」

 ジンはそして、これが今朝のものです。といってもう一枚の資料を見せる。

 そこに、堕喰の数値はなかった。春日井の中にある堕喰すらも消え失せたのだ。

ジン「あなたは正真正銘、人間としての人生を、これから歩むことになる」
ジン「おはようございます、春日井京介」
ジン「空の青さを取り戻したあなたたちを、我々は賞賛いたします」

 春日井は小清水を見る。小清水は後ろ頭を掻いた後、少しだけ喜ばしそうに微笑んだ。





 桐ケ谷は墓地にいた。
 墓標には「桃李 イオ」と書かれている。

 そんな彼の元に、一人の女性が現れた。桃李 ジクだ。

 桃李は花束をイオの墓標の前に置く。
 手を合わせたのち、桐ケ谷のほうを見て少しだけ微笑んだ後、背中をバシンと叩いた。それは、彼女なりの喝なのだろう。

 桐ケ谷は困ったように微笑んだ後、どことなく空中を見る。

「行こう、夾」

 それは、桃李に聞こえることはない声。

 桐ケ谷はその声に頷き、墓標から離れた。





 春日井は、堕喰の基地があった場所まで来ていた。
 無数にあった堕喰の死骸の山は影も形も消え失せ、そこが元は廃墟と化した教会であったと、今初めて知ったのだ。

小清水「立ち入り禁止区域のはずですけど」

 背後から小清水の声がした。
 振り返ると、呆れたような顔をした小清水が、春日井を見ていた。

小清水「正真正銘、世界は平和になったってわけです」
小清水「これから時間をかけて、世界は文明を取り戻していくんでしょうね」
小清水「……ディープ・ブルー隊員としての仕事も、徐々になくなっていくんでしょうよ」

 そう言って、小清水は踵を返す。

小清水「そうなる頃には、就職できそうな仕事もできていたらいいですね」

 風が吹く。
 それは心地の良い風だった。

 地球は青を失うことはなかった。そうして、太陽はいつも通り昇り、やがて沈み。

 そしてまた、何事もなかったかのように昇るのだろう。





 篠田(しのだ)は出張業務を終え、基地に別れを告げる。
 結局、あの青年は朝起きたらすっかりいなくなってしまったのだ。

 『世話になった』という書置きを残したまま。

「篠田先生!ばいばーい!」

 歩いていると、子供たちが手を振り別れを告げる。
 篠田も手を振り返しディープ・ブルーに帰っていく。

 青空の下、またいつか巡り合えることを信じて。



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【報告書】

春日井(かすがい) 京介(きょうすけ) 生存
桃李(とうり) ジク 生存
桐ケ谷(きりがや) (きょう) 生存
小清水(こしみず) 正太朗(しょうたろう) 生存

――

桃李(とうり) イオ 殉職
影狗(かげいぬ) 吠曉(はいぎょう) 殉職

以上。堕喰(だくろ)殲滅任務の完了を報告する。

ディープ・ブルー 管理人
ジン・ブラッドレイ

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