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CardWirth「Mimic」 リプレイ小説
#レイニス一行
#リプレイ
・当作品は柚子様作「Mimic」の序盤のネタバレを含みます。
・描写はほぼほぼシナリオから引用しています。
気になった方は是非作品を遊んでみてください。
桶から跳ねた水が手を濡らす。
女はその冷たさと、自分の失敗とに悪態をつく。
ようやく東の空がほの白い光を戴きはじめた時分、ここ北の山間の街ホーにあっては、水汲みは堪える仕事だった。
身体を丸く折りたたんでしまいたい。桶をつかむ濡れた手も、膝の関節もきしみ、悲鳴を上げている。
女はいったん水桶を露めいた地面に下ろした。
手を拭いてしまわなければ、家に辿り着くわずかな間にも、塗れた部分が凍傷を作ってしまいそうだったからだ。
古いドレスの裾で手を拭う。先程降りだした雪が肩に落ちてくる音の、そのささやかさ。人間はおろか、すべての生き物の営みが絶えたかのような静けさだった。
そのとき、すぐに桶を拾い上げ、家路を急がなかったのはなぜだったのか。
あまりの静けさに、他の生き物の、たとえば鳥の姿を確かめようとでもしたのであったか。
後々になっても理由は思い出せなかったが、とにかくこのとき、冷たい風に逆らうように、彼女は顔を上げてしまったのだ。
はじめは、大きな鳥が休んででもいるのかと思った。
教会の鐘楼の、その高い外壁のそば、遥か中空に黒い影がある。
見過しがたい奇妙な予感に捉えられ、目を凝らす。
ようやく明け染めた空が、少しずつそのものの姿を暴いていく。
「……!」
女は自分の喉からほとばしる悲鳴を、他人のもののように聞いていた。悲鳴を上げているという自覚はなかった。
鐘楼の最も高い窓から縄で吊り下げられたそれは、腹にあいた亀裂からその中のものをゆらゆらと垂らした男の死体であった。
両腕が揺らめいている。
早くもそこに積もりはじめた雪は朝焼けを反射し、その煌めきは女の目を射抜いた。
再び切り裂くような声を上げる。
だが、もしこのときの悲鳴を冒険者達が聞いていたとして、その意味を真には理解できなかったに違いない。
それは呪われたホーの地に住まう者でなければ決して理解が及ばぬかたちの、精神に深く根ざした絶望の声であった。
Mimic
――真似る。
――擬態する。
――にせの。
――模造の。
――模擬の。
――模倣の。
壁の燭台から、獣脂の燃える匂いが鼻先に届く。
レイニスは窓に目をやった。街は雪に閉ざされている。
やがて冬が深まれば、ちらつく雪は吹雪となり、冬至の頃にはダイヤモンドダストが降り注ぐ。
この地ではそれを“氷竜のため息”と呼ぶことを、宿の主人が教えてくれた。
何の依頼も予定もない自由の身なら、氷竜が再び眠る春を待ち、雪とともにここに閉じ込められる幻想も悪くない。
だが、現実は、そうして物思いに耽ることすら許してくれなかった。
出立の準備を整えるレイニス達の前に現れた男は、年の頃二十そこそこといったところだろうか。
軽装だが銀色のバッジを胸に留め、腰にはサーベルを下げている。
警備員の一員だという男は、昨日の朝から繰り広げられている惨劇について、つとめて感情を抑えて語りはじめた。
「…………それで」「その奥方が目撃した死体は、どこの誰だったんだ?」ノワールが聞き出す。
「この宿に逗留していた吟遊詩人です。南のほうから流れてきたということでしたが、詳しいことを知る者はいません」
ノワールはちら、とレイニスの顔を見やった。
ひとまず話の続きを――と促目配せがあったことを確認する。
「その女性、気の毒だな。一生忘れられんだろう。それに街は上を下への大騒ぎだろうな」
「はい、このような、その……奇怪な出来事ですから、警備隊発足以来の珍事です。引退して老境に差し掛かった隊員まで駆りだしています」
「それはまた……。手を下した人物の目星は?」
「いえ。吊るされた死体を下ろし、土葬して、鐘楼を中心に調べ始めましたが、まだ……」
「…………埋めたのか」
救いがたい暴挙を目にしたと言わんばかりに、ノワールは天井を見上げた。
「え、ええ、それは、放っておけば腐りますし。あまりに酷い有り様だったものですから……」「そして、あの、続きがあるんです。これで終わりではなかった」「その明けた次の朝、つまり今朝のことですが……
二つ目の死体が、同じように鐘楼から吊るされました」
黙って聞き手に徹していたレイニスの目が、すがめられた。
「連続で……二人目が?」ライゼンが身を乗り出す。
「殺されたのは、雑貨屋を営んでいる家の娘です。それも、死体の様子が一人目の時よりも酷い……」警備隊員の男は片手で口を覆う。「なりふり構ってはいられないのです。もしかしたら、これで終わりではないのかもしれない……」
「ホーは歴史の古い街です。人殺しも当然起こったことがある。でもそれは、おわかりでしょう、もっと簡単な性格のものでした」「酔っぱらいの喧嘩の末、とか。貧しさゆえに食い詰めて金品欲しさに、とか。そういった類のものです」「このような人殺しは……、行きずりの旅人を殺すような、誰が何のためにやったのか、見当もつかないような人殺しは初めてのことなのです」
そこで改めて警備隊員の男は呼吸を整える。
「貴方がたには、様々な経験がおありだと聞いています。どうかお力を貸してください」
警備隊員の男の申し出に、アイリスは口を開く。「冒険者ですからね。納得できれば、どんな仕事でもしますが。」そうして冒険者らしく、確認を取る。「報酬は?」
「実際に解決に至る手がかりを見つけてくだされば、1000spを用意します」
アイリスがレイニスを見れば、了承の意を表し頷く。それを見て交渉の話をつづけた。
「お受けします。これは貴方個人からではなく、警備隊からの正式な依頼で?」
「はい。貴方がたが基本的にどこにでも立ち入ることが出来るように、警備隊のほうで触れを出しておきます」
「承知した。」ライゼンも頷く「じゃが、まだ情報が少ない……。今の時点で警備隊ほうで把握しとることを、今少し詳しく教えてほしい」
「はい、では私も一度詰所へ戻らねばなりませんので、そちらまでお越しくだされば……」
「待て」
報酬に関するやり取りを際には仲間に交渉を任せていたノワールが、唐突に口を挟んだ。
「一つ聞かせてくれ。……貴方には、殺人の目的がわかっているのではないのか」
まさか、というライゼン達の思いとは裏腹に、ノワールの言葉に警備隊員の青年が見せた反応は顕著なものだった。
「……なぜ?」
空気を飲み込み、一呼吸置いてから彼は訪ねた。
「些細なことだが、さっきの貴方の説明が引っかかった」「“このような人殺しは初めて”と言ったな。聞いていた俺は、当然、人が腹を裂かれて塔から吊るされたことだと思った」「でも続く言葉はこうだった。“行きずりの旅人を殺すような”」
「……」
「この事件の様相について知った時、まず目につくのはその殺し方の異常性だ。おぞましく、理由が分からず、同様のやり方を聞いたこともない」「この事件の性格を象徴しているのはそこだ。決して殺されたのが流れ者の金無し男だったことではない」
ノワールは警備隊員の青年を見やり、「ふ、」と笑みを零す。
「貴方がそこをスキップできるのは、理由が分かっている、もしくは察しがついているからではないかと思ったんだが……」「どうやら当たりのようだな」
「……。」青年の眉が顰められる。「失礼ですが……。貴方とは、友人になりたくないですね……」
「そうか。寂しいな」
咎めるような青年の視線をノワールは何食わぬ顔で受け止めている。
「“友人になりたくない”と言われる仲間がいるパーティーか……」アイリスが少し天井方面を見上げながらため息をつく。
それを聞いたノワールは笑いながら「幸せだろう?“参謀が優秀なパーティーだ”と言われているんだぞ」と返す。
「いい風に言わないでください」アイリスが呆れ顔、かつジト……とした目でノワールを見た。
「すぐに分かることでしょうから、お話しますが……。はい、私はある程度、あのような殺し方の目的、意図に察しがついています」
しかし、と警備隊員が口ごもる。
「そのことについて話すのは、街の者として、己の恥部をさらけ出すに値する戸惑いがあります。お伝えするのが遅れたこと、ご容赦下さい」
彼は頭を下げ、話を続ける。
「その殺され方は、百五十年前、ここがウルダーン大公国の首都であったころ……大公サウルが亡くなった時のそれと同じなのです」
「続けろ」ノワールが話を促す。
「私もあまり歴史に明るくないのでかいつまみますが……。ここヨーンソンの北の領ホーはかつて、亡きウルダーン大公国の首都でした」「最後の大公サウルは、民に重税を課し、他国との戦争へと駆り出す暴君で、これに耐えれなくなった民がヨーンソンの助力を得て、蜂起したのです」
話を聞くだけに徹しているアズマがちらりとファイのほうを見た。案の定全く話が入ってきていない様子が見える。
「大公サウルは処刑され、あの鐘楼から吊るされました。腹を裂かれて……」
ファイが「うげ……」と食べようとしていたソーセージから手を引っ込める。
「私は、誰かがあの歴史上の出来事になぞらえて事を起こし、人々を怯えさせ楽しんでいるのでは……と考えています」「民の中には大公の亡霊が蘇って、街の者に復讐をしているのだと、そんな風に言う者も……いえ、」「ほとんどがそんな思いを抱いているのか、押し黙り、今回のことは大きな声では語りません」
そこまで説明したところで、彼は冒険者たちを見る。
「……貴方がたも、大公の亡霊の仕業であると、お考えになりはしませんでしょうね」
彼は冒険者たちを見ている。しかしそれに答えたのはノワールの冷笑だった。
「は」「ばかばかしい。亡霊がロープを吊るすのか?」
「そう……ですよね。安心しました」
青年の顔に滲んでいた緊張は、いくぶん解けたようだった。
「大公のことについてお調べになりたければ、図書館へ行かれるのがよいと思います」「何かあれば詰所まで」
彼は一礼し、人数分の飲み物代にあたる銀貨を卓に置いて去っていった。
CardWirth
2025.1.30
No.16
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・当作品は柚子様作「Mimic」の序盤のネタバレを含みます。
・描写はほぼほぼシナリオから引用しています。
気になった方は是非作品を遊んでみてください。
桶から跳ねた水が手を濡らす。
女はその冷たさと、自分の失敗とに悪態をつく。
ようやく東の空がほの白い光を戴きはじめた時分、ここ北の山間の街ホーにあっては、水汲みは堪える仕事だった。
身体を丸く折りたたんでしまいたい。桶をつかむ濡れた手も、膝の関節もきしみ、悲鳴を上げている。
女はいったん水桶を露めいた地面に下ろした。
手を拭いてしまわなければ、家に辿り着くわずかな間にも、塗れた部分が凍傷を作ってしまいそうだったからだ。
古いドレスの裾で手を拭う。先程降りだした雪が肩に落ちてくる音の、そのささやかさ。人間はおろか、すべての生き物の営みが絶えたかのような静けさだった。
そのとき、すぐに桶を拾い上げ、家路を急がなかったのはなぜだったのか。
あまりの静けさに、他の生き物の、たとえば鳥の姿を確かめようとでもしたのであったか。
後々になっても理由は思い出せなかったが、とにかくこのとき、冷たい風に逆らうように、彼女は顔を上げてしまったのだ。
はじめは、大きな鳥が休んででもいるのかと思った。
教会の鐘楼の、その高い外壁のそば、遥か中空に黒い影がある。
見過しがたい奇妙な予感に捉えられ、目を凝らす。
ようやく明け染めた空が、少しずつそのものの姿を暴いていく。
「……!」
女は自分の喉からほとばしる悲鳴を、他人のもののように聞いていた。悲鳴を上げているという自覚はなかった。
鐘楼の最も高い窓から縄で吊り下げられたそれは、腹にあいた亀裂からその中のものをゆらゆらと垂らした男の死体であった。
両腕が揺らめいている。
早くもそこに積もりはじめた雪は朝焼けを反射し、その煌めきは女の目を射抜いた。
再び切り裂くような声を上げる。
だが、もしこのときの悲鳴を冒険者達が聞いていたとして、その意味を真には理解できなかったに違いない。
それは呪われたホーの地に住まう者でなければ決して理解が及ばぬかたちの、精神に深く根ざした絶望の声であった。
Mimic
――真似る。
――擬態する。
――にせの。
――模造の。
――模擬の。
――模倣の。
壁の燭台から、獣脂の燃える匂いが鼻先に届く。
レイニスは窓に目をやった。街は雪に閉ざされている。
やがて冬が深まれば、ちらつく雪は吹雪となり、冬至の頃にはダイヤモンドダストが降り注ぐ。
この地ではそれを“氷竜のため息”と呼ぶことを、宿の主人が教えてくれた。
何の依頼も予定もない自由の身なら、氷竜が再び眠る春を待ち、雪とともにここに閉じ込められる幻想も悪くない。
だが、現実は、そうして物思いに耽ることすら許してくれなかった。
出立の準備を整えるレイニス達の前に現れた男は、年の頃二十そこそこといったところだろうか。
軽装だが銀色のバッジを胸に留め、腰にはサーベルを下げている。
警備員の一員だという男は、昨日の朝から繰り広げられている惨劇について、つとめて感情を抑えて語りはじめた。
「…………それで」「その奥方が目撃した死体は、どこの誰だったんだ?」ノワールが聞き出す。
「この宿に逗留していた吟遊詩人です。南のほうから流れてきたということでしたが、詳しいことを知る者はいません」
ノワールはちら、とレイニスの顔を見やった。
ひとまず話の続きを――と促目配せがあったことを確認する。
「その女性、気の毒だな。一生忘れられんだろう。それに街は上を下への大騒ぎだろうな」
「はい、このような、その……奇怪な出来事ですから、警備隊発足以来の珍事です。引退して老境に差し掛かった隊員まで駆りだしています」
「それはまた……。手を下した人物の目星は?」
「いえ。吊るされた死体を下ろし、土葬して、鐘楼を中心に調べ始めましたが、まだ……」
「…………埋めたのか」
救いがたい暴挙を目にしたと言わんばかりに、ノワールは天井を見上げた。
「え、ええ、それは、放っておけば腐りますし。あまりに酷い有り様だったものですから……」「そして、あの、続きがあるんです。これで終わりではなかった」「その明けた次の朝、つまり今朝のことですが……
二つ目の死体が、同じように鐘楼から吊るされました」
黙って聞き手に徹していたレイニスの目が、すがめられた。
「連続で……二人目が?」ライゼンが身を乗り出す。
「殺されたのは、雑貨屋を営んでいる家の娘です。それも、死体の様子が一人目の時よりも酷い……」警備隊員の男は片手で口を覆う。「なりふり構ってはいられないのです。もしかしたら、これで終わりではないのかもしれない……」
「ホーは歴史の古い街です。人殺しも当然起こったことがある。でもそれは、おわかりでしょう、もっと簡単な性格のものでした」「酔っぱらいの喧嘩の末、とか。貧しさゆえに食い詰めて金品欲しさに、とか。そういった類のものです」「このような人殺しは……、行きずりの旅人を殺すような、誰が何のためにやったのか、見当もつかないような人殺しは初めてのことなのです」
そこで改めて警備隊員の男は呼吸を整える。
「貴方がたには、様々な経験がおありだと聞いています。どうかお力を貸してください」
警備隊員の男の申し出に、アイリスは口を開く。「冒険者ですからね。納得できれば、どんな仕事でもしますが。」そうして冒険者らしく、確認を取る。「報酬は?」
「実際に解決に至る手がかりを見つけてくだされば、1000spを用意します」
アイリスがレイニスを見れば、了承の意を表し頷く。それを見て交渉の話をつづけた。
「お受けします。これは貴方個人からではなく、警備隊からの正式な依頼で?」
「はい。貴方がたが基本的にどこにでも立ち入ることが出来るように、警備隊のほうで触れを出しておきます」
「承知した。」ライゼンも頷く「じゃが、まだ情報が少ない……。今の時点で警備隊ほうで把握しとることを、今少し詳しく教えてほしい」
「はい、では私も一度詰所へ戻らねばなりませんので、そちらまでお越しくだされば……」
「待て」
報酬に関するやり取りを際には仲間に交渉を任せていたノワールが、唐突に口を挟んだ。
「一つ聞かせてくれ。……貴方には、殺人の目的がわかっているのではないのか」
まさか、というライゼン達の思いとは裏腹に、ノワールの言葉に警備隊員の青年が見せた反応は顕著なものだった。
「……なぜ?」
空気を飲み込み、一呼吸置いてから彼は訪ねた。
「些細なことだが、さっきの貴方の説明が引っかかった」「“このような人殺しは初めて”と言ったな。聞いていた俺は、当然、人が腹を裂かれて塔から吊るされたことだと思った」「でも続く言葉はこうだった。“行きずりの旅人を殺すような”」
「……」
「この事件の様相について知った時、まず目につくのはその殺し方の異常性だ。おぞましく、理由が分からず、同様のやり方を聞いたこともない」「この事件の性格を象徴しているのはそこだ。決して殺されたのが流れ者の金無し男だったことではない」
ノワールは警備隊員の青年を見やり、「ふ、」と笑みを零す。
「貴方がそこをスキップできるのは、理由が分かっている、もしくは察しがついているからではないかと思ったんだが……」「どうやら当たりのようだな」
「……。」青年の眉が顰められる。「失礼ですが……。貴方とは、友人になりたくないですね……」
「そうか。寂しいな」
咎めるような青年の視線をノワールは何食わぬ顔で受け止めている。
「“友人になりたくない”と言われる仲間がいるパーティーか……」アイリスが少し天井方面を見上げながらため息をつく。
それを聞いたノワールは笑いながら「幸せだろう?“参謀が優秀なパーティーだ”と言われているんだぞ」と返す。
「いい風に言わないでください」アイリスが呆れ顔、かつジト……とした目でノワールを見た。
「すぐに分かることでしょうから、お話しますが……。はい、私はある程度、あのような殺し方の目的、意図に察しがついています」
しかし、と警備隊員が口ごもる。
「そのことについて話すのは、街の者として、己の恥部をさらけ出すに値する戸惑いがあります。お伝えするのが遅れたこと、ご容赦下さい」
彼は頭を下げ、話を続ける。
「その殺され方は、百五十年前、ここがウルダーン大公国の首都であったころ……大公サウルが亡くなった時のそれと同じなのです」
「続けろ」ノワールが話を促す。
「私もあまり歴史に明るくないのでかいつまみますが……。ここヨーンソンの北の領ホーはかつて、亡きウルダーン大公国の首都でした」「最後の大公サウルは、民に重税を課し、他国との戦争へと駆り出す暴君で、これに耐えれなくなった民がヨーンソンの助力を得て、蜂起したのです」
話を聞くだけに徹しているアズマがちらりとファイのほうを見た。案の定全く話が入ってきていない様子が見える。
「大公サウルは処刑され、あの鐘楼から吊るされました。腹を裂かれて……」
ファイが「うげ……」と食べようとしていたソーセージから手を引っ込める。
「私は、誰かがあの歴史上の出来事になぞらえて事を起こし、人々を怯えさせ楽しんでいるのでは……と考えています」「民の中には大公の亡霊が蘇って、街の者に復讐をしているのだと、そんな風に言う者も……いえ、」「ほとんどがそんな思いを抱いているのか、押し黙り、今回のことは大きな声では語りません」
そこまで説明したところで、彼は冒険者たちを見る。
「……貴方がたも、大公の亡霊の仕業であると、お考えになりはしませんでしょうね」
彼は冒険者たちを見ている。しかしそれに答えたのはノワールの冷笑だった。
「は」「ばかばかしい。亡霊がロープを吊るすのか?」
「そう……ですよね。安心しました」
青年の顔に滲んでいた緊張は、いくぶん解けたようだった。
「大公のことについてお調べになりたければ、図書館へ行かれるのがよいと思います」「何かあれば詰所まで」
彼は一礼し、人数分の飲み物代にあたる銀貨を卓に置いて去っていった。