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バロック 第二章

#バロック
生 を 受 け る こ と は 罪 で あ り 、 生 を 望 む こ と は 罪 で あ る

現代より遥か未来。レッドマザーと呼ばれる存在が監視する巨大収容都市「バロック」。
人々は70万年という途方もない長さの懲役を科せられていた。
ある時バロックの中央区に殺人事件が起きた。
知的好奇心に駆られる囚人ヴランと、秩序を司る監視役(パノプティコン)リビデルは、殺人事件の真実を追うために奔走する。

引用・参考・影響を受けたもの等
1984年/ジョージ・オーウェル
マーク・トウェイン
ある母親の物語/ハンス・クリスチャン・アンデルセン
鏡の国のアリス/ルイス・キャロル
悪魔の踊り方/キタニタツヤ





「しかし……地下に中央塔まで通じる道があるだなんて聞いたことがないな」
「俺もない」
「……じゃあ、今はなにを探しているんだ?」
「手がかりだ」
「なんの」
「レッドマザーに関するもの」
「どこにあるんだ?目星はついてるのか?」
「いいや?」
「……一瞬でもおまえを信じた俺が馬鹿だったかもしれん」

 リビデルは頭を抱える。

「そう落胆するなよ、捜査は地道なものだ。しかし、全く考えもなしに来たわけじゃない」

 ヴランが明かりを壁に向ける。なんの変哲もない壁に見えるが、ヴランはなにやら壁を触り始めた。

「確かこの辺りだったと思うが」
「なにを探しているんだ?」

 ヴランは懐から一枚の紙を取り出し、それをリビデルに差し出す。広げて見れば地図のようだ、左上にはこの地下鉄の名前が記載されいる。

「その地図によれば……ああ、ここだけ色が違う」

 そして一か所をぐっと押し込むと、鈍い音を立てて壁が横にスライドされていく。隠し扉だ。古びた金属音が静寂の中に響き渡り、奥からカビ臭い匂いを運んでくる。

「隠し扉……なぜこんなものが」
「バロックの歴史書に興味深い記述があった。かつてレッドマザーの思想を真っ向から否定した集団がいたそうなんだ。彼らは『青い鳥』と呼称し、この閉鎖された都市をぶっ壊そうと革命を起こしたらしい」
「青い鳥……幸せを運ぶと言われている鳥のことか」
「しかし、これは50年前の話だ。50年経った今でもレッドマザーの掲げる指標は変わっていない、つまり青い鳥は負けたんだ」

 リビデルがレッドマザーによって生み出されたのは20数年ほど前の話だ。その時代にはヴランもリビデルもこの世に生を受けていなかった。
 リビデルにとって、一度でもレッドマザーに逆らえた存在がいることが驚きだった。それほどバロックの住民にとって、レッドマザーは強固で、絶対的な存在だったからだ。
 ――いや、そう思っているのは、レッドマザーに生み出された警備隊(レッドアイ)監視役(パノプティコン)だけなのではないか?囚人にとって自身を閉じ込めリードを握る存在はただ邪魔でしかない。甘んじてリードを握られているのは、囚人以外の我々だけなのではないか。
 石鹸と教育。ヴランの言葉がリビデルの脳裏に過る。今のリビデルに、その言葉をすぐに否定できるほどの絶対的な自信はなかった。
 ヴランは扉の中を覗く。そこは地下へ通じる階段があった。明かりを照らせば足元だけが見える程度の暗闇。ヴランは歩みを進め、一歩一歩と階段を降りていく。リビデルもヴランに続き、歩みを進めた。

「しかし……、バロックの歴史書?それは図書館にあったのか?」
「あの図書館、館長が随分ズボラなひとだからな。それに加えて本に時間を費やすお利巧な囚人なんてそういるわけもない。多少長い時間をかけて読み漁ればそういった歴史はすぐに読めた」

 二人の足音がやけに耳につく。

「青い鳥が何故負けたのか、気にならないか」
「え?……それは、囚人よりも監視役(パノプティコン)警備隊(レッドアイ)のほうが圧倒的に強い能力を持っているだろう、制圧されたんじゃないのか」
「青い鳥には囚人の意向に同意した監視役(パノプティコン)警備隊(レッドアイ)もいた。武力が足りないわけじゃなかった」

 リビデルにとって咄嗟に理解できないものだったが、常に囚人と共に行動している監視役(パノプティコン)であれば、絆や情が芽生えることも珍しくない。長い間共に過ごして、囚人の熱い想いに感化された監視役(パノプティコン)がいたということなのだろう。それも、そう少なくない人数が。
 自分はどうなのだろう、リビデルはふと思考を巡らせる。
 ヴランはレッドマザーを疑っている、のだと思う。青い鳥というバロックに革命を起こそうした集団、そして囚人たちからポイントを集めているその行動への疑問。様々な要因が重なり、レッドマザーがなにかしらを企んでいると思っているのだ。リビデルはそんなヴランについていき、真実を暴こうとしているその姿を待ちわびている。
 自分が信じていたレッドマザーは、そしてバロックは、本当に正しいのか。ヴランを信じて良いのか、彼の背中を追っていてもなお答えを出せずにいる。

「……じゃあ、何故負けたんだ」

 そう問う。しかし意外にもヴランは首を横に振ってこう言った。

「俺にもわからない」
「なんだと?」
「その先のページはなかった。破られていたんだ」
「……誰が破ったんだ?」
「子供がいれば悪戯と言えただろうが、残念ながら中央区に未成年はいない。つまり誰かが意図的に破いたんだ、都合が悪いからか……あるいは怒りからか」
「怒り?」
「『もっと速く走り続けてやる』という青い字で書かれた落書きが裏表紙に乱雑に書かれてあったよ。筆跡に怒りが込められているように見えた」
「なるほど……。その速く走り続けるとは、どういうことだ?」

 ヴランは「推測だが」と前置きを置く。

「ルイス・キャロルの童話に鏡の国のアリスという話がある。登場人物である赤の女王のセリフのひとつ、『その場にとどまるためには、全力で走り続けなければならない』を暗示しているんだろう。青い鳥は現状維持だと困るんだ、だから前に進むためには、今以上に走らなければならない」
「……赤の女王をレッドマザーに見立てているわけだ。面白いな」
「恐怖政治を強いているのは確かにそれらしい」

 そして階段を降りきり、目の前には鉄でできた扉があった。

「俺がここに来た理由は、その筆跡がつい最近書かれたもののように見えたからだ。つまり……」
「……青い鳥は、完全に滅びていない」

 ヴランは頷き、「開けるぞ」と言う。扉に手が掛けられると、暗闇の中で鉄が小さく軋む音がした。

一次創作

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