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一次創作 2025.3.1 No.21
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生 を 受 け る こ と は 罪 で あ り 、 生 を 望 む こ と は 罪 で あ る
現代より遥か未来。レッドマザーと呼ばれる存在が監視する巨大収容都市「バロック」。
人々は70万年という途方もない長さの懲役を科せられていた。
ある時バロックの中央区に殺人事件が起きた。
知的好奇心に駆られる囚人ヴランと、秩序を司る監視役のリビデルは、殺人事件の真実を追うために奔走する。
引用・参考・影響を受けたもの等
扉を開けたそこは今となっては古い機械類に囲まれた部屋だった。ブルーライトが周囲を微かに照らし、モーター音が静かに唸っている。
この部屋はまだ生きている、微かな光がそれを証明していた。
「50年前の機械だ、扱えるかはわからんが……」
ヴランはキーボードに指を置き、それをタイピングする。モニターには「welcome」と表示され、その直後読み取れないほどの英数字が並べられていく。起動したのは違いないが、一体なにが起ころうとしているのか。モニターを眺めていると、次いで「Correspondence.」と表示された。
「通信?」
リビデルがそう零すと、モニターはどこかの部屋を表示させた。誰もいないその部屋を映し出し、一体なにを見せようとしているのかと疑問を口にしようとした時だった。
一人の髪の長い男が画面外から顔を覗かせる。
「ああ!」
その男は声色を弾ませると、真正面に座り、こちらを見る。
「どうやら旧アジトから通信が来たみたいですねえ。ハローハロー!こちらの声が聞こえてますでしょうか?」
「これは……どういうことだ?」
「……録画ではないのか」
「嫌ですねえ!リアルタイムですよぅ!あなたたち二人の声、ちゃーんと聞こえてますよ?」
男はニコニコと調子の良さそうな笑顔で手を振っている。
「私はユウドキ。50年前壊滅した青い鳥の生き残り――。ではありませんが、お父様が青い鳥所属でしてねえ。その意志を継いで、今この私が青い鳥のリーダーというわけです」
「驚いた。こんなアングラな回線がまだ生きているとはな。やあユウドキ、俺はヴラン。こっちは監視役のリビデルだ」
「自己紹介助かります。それで、ここまで辿り着いたのがレッドマザーの手先ではなく囚人と監視役ということは、少なくとも我々と似た考えを持っていると思ってよろしいですか?」
ヴランはチラ、とリビデルに視線を寄越すが、すぐにモニターに戻し「それでいい」と言う。
「色々聞きたいことはあるでしょうが、まずはこちらのお話から聞いてください」
ユウドキは目を細める。
「直近で起きた中央区の殺人事件、あれはレッドマザーの手先によるものだと考えてまず間違いありません」
「……証拠は」リビデルが問う。
「レッドマザーの関係者が使う警棒はレーザーでできている。警備隊の捜査により、凶器は警棒であることが決定付けられました。」
「決定付けられたなんて報告は聞いてない」
「当たり前です、レッドマザーがそんなことを公表するわけがない」
警備隊が情報を握りつぶしたこと、そしてそれをレッドマザーが公表させまいとしたこと。リビデルは口を覆う。誰よりも秩序を守る彼女が、秩序を乱すことなどありえないのだ。
しかしそう思えば思うほど、それが洗脳であるかもしれないという居心地の悪さが心を覆い、吐き気がする。
「レッドマザーの手先だとして、彼らの狙いはなんだ」
ユウドキは「ふむ」と考える素振りを見せる。そしてカメラ越しにヴランとリビデルの様子を見ると、その目は蛇のように細められた。
「……懲役を返済するためのポイントが、どこで記録されているのかご存知ですか?」
リビデルが顔を上げる。その顔色が酷く悪いことに気づいたヴランが眉を顰める。
「……知らないな、知っているのか」
ヴランはリビデルに問う。リビデルは目を泳がせ、首回りの布地を指で正す。
「……囚人は脳にチップを埋められている。そのチップが作用して監視役は囚人の居場所を特定できる」
「ええ、私の脳にももちろんあります。これがある限りバロックから逃走することも叶わないでしょう」
ヴランはしばらく沈黙していたが、ユウドキに目を向けて変わらず質問を続けた。
「そのポイントはなにに使われるんだ」
「……『Big Brother is watching you』」
リビデルが呟いたのが聞こえ、ヴランはリビデルを見やる。リビデルは相変わらず顔色が悪い。ヴランはその言葉に聞き覚えがあった。
「ジョージ・オーウェルの1984年か」
「“仕事をこなすことでポイントが溜まる”んじゃない、アレはただのカモフラージュだ。……ポイントが記録しているのは、囚人の思考や生い立ち、そして感情。それを収集して、レッドマザーは人間を学んでいる。監視役や警備隊の感情が人間に見劣らないほど豊かなのは、囚人の感情をそのまま俺たちに注ぎ込んでいるからだ」
リビデルはそこまで言うと、ヴランの目を見ずに視線を床に落とす。
「巨大収容都市『バロック』は、巨大は実験施設なのですよ」
ユウドキが言う。
「いずれ自身の生み出した人造人間のみがこの都市に住むことになる。完全なる秩序の創造、完全なる社会をつくるために、我々囚人は搾取されているのです」
その言葉に、周囲には重い沈黙が訪れる。
沈黙を破ったのはヴランの呆れたような笑いだった。
「はっ……、上質なディストピア小説だ。レッドマザーは完璧主義者の中でも随分極端な部類に入る」
「でしょうとも。……さて、これ以上はそちらの電力が持たないでしょう。志を共にしているのであれば、またお話しできる機会があるはずです。では」
ユウドキがそう言い終わると、モニターが暗くなる。電力が尽きたようで、あとは仄かな懐中電灯の光しか周囲を照らさない。
「潮時か。戻るぞリビデル」
そう言ってもと来た道を戻ろうとするヴランだったが、リビデルはその背中を呼び止める。
「……俺は、……なにを信じたらいい」
リビデルの顔は、迷子の子供のように怯えていた。縋っていたものがなくなってしまったような不安感に襲われ、両手をどうすることもできずに浮かせている。
「俺は、俺は今まで、秩序のために囚人を監視していた、のに。これじゃあおまえたちが、おまえたちのほうが搾取されている被害者じゃないか」
リビデルは声を荒げる。
そんなリビデルを、ヴランはなにを言うでもなく見ていた。それが気に食わなかったのだろう、リビデルはヴランの胸倉を掴み、そして――。
「レッドマザーは神様じゃない」
ヴランが言う。
「俺にとってはただの人工知能だ。おまえにとって母親でもな」
胸倉を掴んでいる手を、ヴランは優しく握る。
「そして、俺にとっておまえは――……そうだな、友達だと思っているよ」
「……と」
動揺したように零された一文字に、ヴランは苦笑する。
「俺は子供の頃からこうだったからな、友達なんていなかった。もしいたらおまえのような感じだったのかもなと思ってる」
もしリビデルに涙が出るように作られていたのであれば、大きく開かれた両目からその雫が零れていたことだろう。
「おまえが選べよ。隣にいたいと思えるやつを選べばいい。その選択は間違ってない。……自分の頭で考えるようにはできているんだろう」
「……ヴラン」
「なんだ」
「……明日槍とか降るのか」
「殴られたくなければこの手を今すぐ離せ」