テキスト

文章系統の作品はこちら

ブランコ 第一章

#バロック

ヴラン、リビデル、ユウドキ、トーイ。彼ら四人が倒壊したバロックを出て数か月。彼らは様々な都市を巡る旅をしていた。
そんな中、旅に使っている車のガソリンが尽きそうになり、道すがら見つけた屋敷にガソリンを貰うために一泊することになる。
しかしその屋敷では数日前、屋敷の主の妻であるミシェルが亡くなったという。それは、ひとつの「絵画」が原因だというが……。

引用、参考
ブランコ/Wikipedia
ロココ美術様式/イニシャルギャラリー
働き者の母親/西洋絵画美術館


センシティブな描写が含まれます





 バロックが倒壊して数か月が経った。
 あれから都市を出た四人は様々な都市を巡ることにした。広い世界の小さな都市しか知らなかった四人にとって、外の世界というのは知らないもので溢れ、そのどれもが煌めいて見えた。もちろん危険もそこかしこにあり、なにも知らないのをいいことに詐欺を吹っかけてきた人間もいたし、獣に命を狙われたこともあった。しかし、そんな山も谷も人生のページを彩るひとつだと思ってしまうほど“やりたいこと”が大量にあったのだ。

 そんな四人が新たな都市を目指して車を走らせていたときだ。







箱入り娘
滅多に外に出されることのない、家の中で大事に育てられた秘蔵の娘。








「あ」

 トーイが声を上げる。ユウドキが助手席から「どうしました?」と問えば、トーイはガソリンメーターを見やってから目線を前に戻す。

「い、いえ………………。ガソリンが尽きそうで………………」
「ああ……、もう長い間走っているからな」リビデルが言う。
「次の都市まであと少しなんですがねえ、着く前に車が止まっちゃいますよ」
「せ、せめてガソリンを分けてくれそうな場所があればいいんですが………………」

 トーイが言うも、そんな都合よくガソリンスタンドなるものがあるわけがない。途中から車を乗り捨てることを視野に入れ始めた頃、ヴランが口を開く。

「あれ、建物じゃないか?」







自立
他者からの助けを借りず、あるいは支配を受けずに立っていること。








 豪奢な黒を基調とした外観。屋敷の前に車を止めると、玄関が開かれ中から一人の老人が現れる。見た目からして使用人のような井出達をしており、穏やかそうな顔つきをしたその男性は深くお辞儀をするとヴランらに話しかける。

「この度はなんの御用で?」
「車のガソリンが尽きそうでな、分けてもらうことはできるか?」
「ええ」

 しかし、と使用人は眉を下げ、申し訳なさそうに言う。

「ただ、こちらも今手元に余裕がなく、明日になれば業者が来るのですが……」
「おやおや~、そうなんですか」
「もしよろしければ、一晩泊まっていかれますか?」
「いいのか?」

 ヴランが少し驚いた風に言うと、使用人は表情を明るくして言う。

「都市の中間地点ですから、こういったことは珍しくないのですよ。皆様方がよければ、本日1日おもてなしをさせていただきます」

 使用人は再度頭を下げる。その言葉は四人にとってこれ以上ない助け船だった。「お言葉に甘えて」とユウドキが言えば、他三人も顔を見合わせて世話になることを決める。使用人が「ささ、中へどうぞ」と案内をし、四人は屋敷の中へと入っていくのだった。







無垢
潔白、純真。けがれがないこと。








ロココ
 18世紀初頭にフランスに生まれた美術様式。
 フランス語で「貝殻」を意味する。柔らかで均一な光と影で、穏やかな雰囲気が見られる。















ブランコ
 今でこそポピュラーな遊具だが、古くでは中国で官女が使った遊び道具を指す。
 遊戯中、裾から足が見え、それを皇帝が見たことで運よく夜伽に呼ばれる可能性などから性行為のイメージを持たれていた。
















 使用人の案内で屋敷の中を通されていく。まずは旦那様へ挨拶をと、廊下を渡りひとつの扉を前へ辿り着く。使用人は咳払いをひとつし、軽く握った拳で扉をノックする。
 扉を一枚通した中から「入ってくれ」と声がする。扉が開かれると、そこは壁一体を本棚として組み込まれている豪奢な部屋が広がっていた。ヴランはそれを見、さながら図書室だと思い、感動しながら部屋を見渡す。

「ファブリスか、その方たちはどうした?」
「クリストフ旦那様、ガソリンを頂戴したいとのことでお客様が参られました」
「おおそうか。ちょうど明日業者が来る、それまでゆっくりしてくれ」

 ユウドキは「お世話になります~」と笑顔を返し、トーイは軽く頭を下げる。クリストフと呼ばれた男は鼻下に蓄えた口髭を撫でながら軽快に笑う。

「対して面白味のない場所だが、せめて体を休めていくといい」




 休むための部屋を案内され、四人はそれぞれ荷物を置く。さすがに個室は難しいようだが、それでも柔らかなベッドで休めるだけで十分だ。

「クリストフという男の部屋にも行きたいものだがな」ヴランが言う。
「先程興味深そうに見ていたが、気になるものか」

 リビデルの問いに「当たり前だ」と返す。

「バロックにある図書館なんざ、あの地域で売られた本をかき集めただけのちっぽけなものだと気づいたときは衝撃を受けたよ。この世界には途方もないほどの量の本がある。どんな本を飾っているのか聞いてみたいところだな」
「本の虫ですねえ~」

 けらけらと笑うユウドキを小突くヴランを見、リビデルはそうだと思い立ち部屋を出ようとする。

「どうした」
「ある程度屋敷の構造は把握しておきたい。洗面所に行く時に迷いたくないだろう」
「確かに、俺もついていこう」
「わかった」
「私とトーイくんはここでのんびりしておきます。疲れましたし、なんならもうトーイくんは勝手にスリープしてます」
「どうりで静かだと思った……」




 リビデルとヴランは屋敷の中を歩き、途中すれ違ったメイドに洗面所、トイレなどの情報を聞く。ある程度自由に散策しても良いと言われていたため、二人は壁に飾られている絵画を珍しげに観察していた。

「ロココ様式だな」ヴランが言う。
「ロココ様式?」
「18世紀初頭にヨーロッパで流行った美術様式だ。バロックが光と影の対比を大袈裟に描いたものであれば、ロココはそれと比べて優美かつ繊細に描かれている。色も苛烈というよりは穏やかなものだ」
「なるほど、確かに柔らかい印象を受けるな。しかし……」
「なんだ?」
「これは、女性が二人描かれているな。片方は子供か」
「それはシメオン・シャルダンが描いた『働き者の母親』です」

 突如後ろから声をかけられる。振り返れば、羊の角が特徴的なメイドが笑顔を浮かべていた。

「母親と娘が描かれているんですよ、これ、刺繍の具合を確かめている最中なんです。互いに言葉を交わさずとも、二人の間にしかわからない心があるんでしょうね」
「詳しいな」
「ミシェル奥様が教えてくれたんです、この絵が好きなんだって」
「旦那様は読書家で奥様は絵画好きか、芸術一家だな」

 ヴランがそう言えば、メイドは何故か表情を曇らせる。リビデルが「……どうした?」と言えば、メイドは恐る恐る話し出す。

「ミシェル奥様は、つい先日亡くなられて……。自殺だったんです、夜な夜な悪夢に魘されて、精神が疲弊していって……。それも、あの絵のせい……」
「……あの絵?」

 リビデルがそう聞いた瞬間、メイドははっと顔を上げる。

「す、すみません!私ったら色々話してしまって……。わ、私はこれで、失礼しま……」

 遠くのほうから「マリーヌ!!仕事はどうしたの!!」というメイド長らしき女性の怒声が聞こえた。マリーヌと呼ばれたメイドは肩をビクリと跳ねさせ、「す、すぐ戻ります!」と言い、ヴランとリビデルに頭を下げ去っていく。

「自殺か……、気の毒な事件もあったものだな」

 リビデルがそう言いながらヴランのほうを見れば、なにか考えに耽っているようで視線がどこでもない場所を漂っている。

「……ヴラン?」
「ん、ああ。なんでもない」
「嘘つけ、大方“あの絵”でも気になってるんだろう」
「さすがだ名探偵リビデル」
「おまえに言われてもな……」
「褒め言葉くらい素直に受け取ってくれ。……しかし、そうだな。悪夢に魘され、精神の疲弊に耐え兼ね自殺か……。それを絵のせいにするなんて、非現実的なことを言う」

 ヴランは「おまえも気になるだろう?」と言わんばかりの目をリビデルに向ける。

「……なんだ」
「なんだってなんだ?」
「いいか、俺たちは泊まりにきた客だ。明日になればガソリンを貰って屋敷を出る。それだけだ」
「おまえはそうすればいい」
「おまえ“も”だ」
「……なにが言いたい、俺はなにも言ってないだろう」
「おまえの顔に“捜査したくてたまらない”と書いてる」
「それこそ非現実的だ、だが」

 ヴランは笑う。リビデルがため息を吐けば、ヴランは楽しそうに笑みを浮かべながらリビデルの顔を覗き込んだ。

「おまえの顔にも書いてる」
「…………」

 リビデルはなにかを言いかけ、しかし言葉がなにも出てこなかったので口を閉じて首を振った。ヴランは更に楽しそうに笑う。

「よし、まずは聞き込み調査だ」
「迷惑がかからない程度にな……」

 相変わらず、知的好奇心に駆られた獣は遠慮というものを知らない。
 探偵気取りの獣の見えない手綱を握るように、リビデルはヴランの後ろをついて行った。

一次創作

無断転載・転写・URLのシェア・晒し行為など一切を禁止します