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楽しみは最期にとっておく

#砂の月を目指して







 寝坊した。
 随分と寝入ってしまっていたようで、気付けば太陽は真上を向いている。すっかり昼だ。
 仲間たちは既に起きているだろうか、起きているのなら起こしてくれれば助かったのだが。
 そう脳内で愚痴りながら、重い身体を起こしてベッドから出る。

「レイニス」

 下に降りると、レイニスだけが宿のカウンターを前に座っていた。
 レイニスはノワールのほうを見てよっと片手を上げる。

「寝坊野郎」
「そういうレイニスは、ひとりでなにをしているんだ?」
「ん~?ノワールを待ってたんだよ」

 俺を?と言えば、「うん」と返事が返ってくる。

「なんか、顔が見たくて」
「…………」

 思わずまだ夢でも見ているのかと思ってしまった。
 この男はいつだってノワールの欲しい言葉をくれる。それが恋愛的な好意を持たずして行われるのだから、こちらとしては心臓が保ったものじゃないが。

「寂しいのか?」
「寂しいのかも」
「かもって……」
「ノワールって、いつかどこかで」

 レイニスはそこまで言って、ノワールの顔を見る。

「俺の手の届かない場所でいなくなってそうだから」
「……それはつまり、俺はどこかで野垂れ死ぬんだろうなって心配か」
「そう!心配してんの、俺は」
「はは」

 ロクな死に方をしない、自分でもそう思っている。
 最期が仲間たちに看取られて、なんて綺麗に終われると思えない。
 でも。

「おまえが言ったんだろう」
「なにを?」
「俺が“死ぬときはおまえが殺してくれ”って言ったら、“じゃあ俺が殺すまで誰にも殺されるな”って」
「言った気がする」
「気がするじゃないよ、言った」
「言ったかあ」
「俺は忘れないから」

 な。と笑えば、レイニスは幾許か安心したみたいで、いつもみたいに明るく笑った。

「じゃあ、どこにも行かないな」
「もちろん、行くつもりもない」
「よ~し」

 実際、ただの口約束に効果があると思えない。
 それでも、レイニスとの約束なら、少しは現実になるような気がした。

 もし実際に、レイニスがノワールを殺すとなったら、きっとレイニスに誰よりも深い傷を残しておける。
 約束は叶えてくれる男だ。
 そのことを、ノワールは誰よりも知っている。

 そう考えながら、自分が死ぬときも少しは楽しみだなと思ったのだ。

一次創作

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