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位宅
雑記
呟き
知らない自分
堕喰
(
だくろ
)
と呼ばれる化け物が地上を闊歩し、人類を襲う――そんな話が当たり前になってしまってもう長い年月が経つ。
ここは対堕喰殲滅組織「ディープ・ブルー」。小数の生き残った人類が、人類の未来を切り開くために作られた組織だ。小清水はそんな組織内の廊下を歩きながら手元に渡された資料に目を通していた。
小清水
(
こしみず
)
正太朗
(
しょうたろう
)
。
彼はディープ・ブルー所属の隊員ではないが、ディープ・ブルーの応援要請を受け、臨時メンバーとして
春日井
(
かすがい
)
班に所属された対堕喰殲滅組織「レッドライン」の隊員である。
小清水「(あとで寮を見に行くか、綺麗な部屋だったら嬉しいんだがな)」
などと考えながら、とある一室のドアが近づいてきた時だった。
妙な音。水音だろうか。どこか粘着性を持った水音と、少し隙間の空いたドア。
そして――なにか、鉄分を持った異臭。
小清水「……勘弁してくれよ」
そう呟きながら、ひくりと引き攣った表情を浮かべる。
ゆっくりとドアノブに手をかけ、それを開いて――目撃した。
そこはあまりにも凄惨な現場だった。赤い血の海が部屋中を満たし、部屋の真ん中にあるぐちゃぐちゃの――そこからは考えることを拒否していた。
兎に角、そこにあったのは赤い塊だった。
なによりも考えることを脳が拒絶しているのは、その死体だけじゃない。その死体を、野良犬のように喰らっている化け物が存在していた。
小清水「……あんた、」
その化け物の姿が、自身が配属された春日井班の班長
春日井
(
かすがい
)
京介
(
きょうすけ
)
であることを思い出す。
しかし春日井の表情、目からは人としての理性を感じられない。
春日井はゆっくりと顔を上げ、小清水のほうを見る。歪に笑みを浮かべ、明らかに捕食対象として人を認知している様。小清水は咄嗟に動けずにいた。
???「春日井さん」
背後から声がした。
振り返れば、そこには小清水よりも随分と小さい人間がいた。赤い髪と、幼い容姿にも関わらず存在感のある人だった。彼女は小清水に「少し失礼」と一言告げてから、部屋の中へと入っていく。
???「食欲を抑えきれなかったようで、こちらの落ち度です。申し訳ありません」
???「あとはこちらで片付けておきますので。――少しの間、おやすみください」
彼女が手のひらを春日井の眼前に翳すと、春日井は気を失ったようにその場に倒れ込む。小清水が啞然とした様子でその光景を眺めていると、彼女はその視線に気づいたようで、振り返ってから ふ、と笑う。
???「申し遅れました」
ジン「私はディープ・ブルーの管理人、ジン・ブラッドレイと申します」
小清水「へっ、あ、ああ。あなたが管理人ですか」
小清水「……いや、今はそんなことより、どういうことか説明していただけます?」
ジン「ふむ」
ジン「確かにそうですね」
ジン「春日井さんのことは、こちらでなんとかしますので……。後ほど、管理室に来ていただけますか?」
小清水「……」疑いの目
小清水「はあ……。まあ、わかりました」
ジン「ええ。ではまた」にこ~り
そう言ってジンは去って行く。
入れ替わるようにして、数人の男性が部屋の中に入って来て、部屋の掃除や春日井の介抱を始める。
ずっとここに立っていては邪魔になるだろう。小清水は部屋を出て、一先ずは管理室を目指すことになる。
―――
◇管理室
ジン「ようこそ、小清水さん。ゆっくりしていってください」
管理室にやってきた小清水は、なにやら上質なソファに座っていた。
秘書らしき女性がお茶を小清水の前に置き、去って行く。「どうも……」と頭を下げた小清水は、なんとなくまだお茶を手に取ることはせず、早速というようにジンに説明を求める。
小清水「それで……なんですか、アレは?」
ジン「勿体ぶらずにそのままお話しましょう」
ジン「春日井京介さんは、
堕喰
(
だくろ
)
の落とし子です」
小清水「落とし子……?」
ジン「つまり、
堕喰
(
だくろ
)
の息子ということですよ」
ジン「しかし、この事実は春日井さんも知りません。彼は自身が
堕喰
(
だくろ
)
の落とし子だということを知らず、常に人を喰らいたいという欲求と戦い続けている」
ジン「空腹が限界を迎えた時に人間としての理性を失い、ああいう風に人を襲ってしまうようです」
小清水「そんな……」
小清水「……なんで春日井さんをディープ・ブルーに引き入れているんです、危険でしょう」
ジン「……端的に言えば、彼が人間離れした異常な戦闘技術を持っているから。と言うのが理由です」
ジン「彼は貴重な戦力です。なので、周囲と彼自身をも騙しながら、ディープ・ブルーで働いていただいているということです」
小清水「……貴重な戦力を喪いたくないって気持ちもわかりますがね、そのために隊員を餌にしてるってことですか」
ジン「先程のものは、こちらの失態です。あんなことは滅多にありません」
ジン「普段は食事の中に抑制剤を混ぜ、彼の食欲を抑えています」
ジン「それに、春日井さん自身は人類のために戦いたいという意志を強く持っていますから」
ジン「彼の想いを無駄にしたくはありません」
小清水「……」微妙な顔
ある程度の説明を済ませたジンは、仕事の連絡が入ったようで「説明は以上です、気になることがあればまたご連絡を」と言って席を立つ。
ジン「ああ、最後に」
ジン「これらのことは、他言無用です。……よろしいですね?」
小清水「……はいはい……」
―――
まさか配属されて早々、こんな厄介事に巻き込まれるとは想定していなかった。小清水は後ろ頭を掻きながら廊下を歩く。
ふと、目の前に先程見た春日井が立っているのが見えた。なにやら資料を手に眺めているようだ。
先程のことは憶えていないのだろうが、どうしたのだろう。
小清水「春日井さん」
春日井「あなたは……、あ。えっと……小清水さん、でしたね。本日配属されたという」
小清水「呼び捨てでいいのに。あなたが班長でしょう?」
春日井「い、いえ。さすがに年上の方にそれは……」
小清水「あはは、まあやりやすいようにやってもらっていいんですけど」
小清水「……それは?」春日井の手に持ってる資料を見る
春日井「ああ」
春日井「実は、ここ数時間の記憶が無くて……。検査をしてもらったんですけど、特に異常はないそうなんです」
春日井「……なにもないならいいんですけど……。戦闘中に同じようなことがあったら、仲間に迷惑がかかりますから」
小清水「……」「そうですねえ……」
小清水「ま、なんかあったら俺がサポートしますよ。なんてったって、そのための臨時メンバーですし」
春日井「……」苦笑「助かります」
こうして話すと、先程あんな行為を行うとは到底思えないほど穏やかな人だった。
ジンの話によれば、自身が人を喰らっていることも、自身が堕喰の落とし子であることも知らないのだ。
……不運で、哀れな人なのかもしれない。
始まりは、同情だったのかもしれない。
真っ直ぐな目をした春日井に対して、彼すら知らない、春日井の真実を知ってしまった後ろめたさ。
なにも知らないままで、人類のためになるのであれば、知らないほうがいい。
そうして、小清水は春日井から真実を隠すことを誓ったのだ。
#ディープ・ブルー
一次創作
2024.11.13
No.5
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堕喰と呼ばれる化け物が地上を闊歩し、人類を襲う――そんな話が当たり前になってしまってもう長い年月が経つ。
ここは対堕喰殲滅組織「ディープ・ブルー」。小数の生き残った人類が、人類の未来を切り開くために作られた組織だ。小清水はそんな組織内の廊下を歩きながら手元に渡された資料に目を通していた。
小清水 正太朗。
彼はディープ・ブルー所属の隊員ではないが、ディープ・ブルーの応援要請を受け、臨時メンバーとして春日井班に所属された対堕喰殲滅組織「レッドライン」の隊員である。
小清水「(あとで寮を見に行くか、綺麗な部屋だったら嬉しいんだがな)」
などと考えながら、とある一室のドアが近づいてきた時だった。
妙な音。水音だろうか。どこか粘着性を持った水音と、少し隙間の空いたドア。
そして――なにか、鉄分を持った異臭。
小清水「……勘弁してくれよ」
そう呟きながら、ひくりと引き攣った表情を浮かべる。
ゆっくりとドアノブに手をかけ、それを開いて――目撃した。
そこはあまりにも凄惨な現場だった。赤い血の海が部屋中を満たし、部屋の真ん中にあるぐちゃぐちゃの――そこからは考えることを拒否していた。
兎に角、そこにあったのは赤い塊だった。
なによりも考えることを脳が拒絶しているのは、その死体だけじゃない。その死体を、野良犬のように喰らっている化け物が存在していた。
小清水「……あんた、」
その化け物の姿が、自身が配属された春日井班の班長 春日井 京介であることを思い出す。
しかし春日井の表情、目からは人としての理性を感じられない。
春日井はゆっくりと顔を上げ、小清水のほうを見る。歪に笑みを浮かべ、明らかに捕食対象として人を認知している様。小清水は咄嗟に動けずにいた。
???「春日井さん」
背後から声がした。
振り返れば、そこには小清水よりも随分と小さい人間がいた。赤い髪と、幼い容姿にも関わらず存在感のある人だった。彼女は小清水に「少し失礼」と一言告げてから、部屋の中へと入っていく。
???「食欲を抑えきれなかったようで、こちらの落ち度です。申し訳ありません」
???「あとはこちらで片付けておきますので。――少しの間、おやすみください」
彼女が手のひらを春日井の眼前に翳すと、春日井は気を失ったようにその場に倒れ込む。小清水が啞然とした様子でその光景を眺めていると、彼女はその視線に気づいたようで、振り返ってから ふ、と笑う。
???「申し遅れました」
ジン「私はディープ・ブルーの管理人、ジン・ブラッドレイと申します」
小清水「へっ、あ、ああ。あなたが管理人ですか」
小清水「……いや、今はそんなことより、どういうことか説明していただけます?」
ジン「ふむ」
ジン「確かにそうですね」
ジン「春日井さんのことは、こちらでなんとかしますので……。後ほど、管理室に来ていただけますか?」
小清水「……」疑いの目
小清水「はあ……。まあ、わかりました」
ジン「ええ。ではまた」にこ~り
そう言ってジンは去って行く。
入れ替わるようにして、数人の男性が部屋の中に入って来て、部屋の掃除や春日井の介抱を始める。
ずっとここに立っていては邪魔になるだろう。小清水は部屋を出て、一先ずは管理室を目指すことになる。
―――
◇管理室
ジン「ようこそ、小清水さん。ゆっくりしていってください」
管理室にやってきた小清水は、なにやら上質なソファに座っていた。
秘書らしき女性がお茶を小清水の前に置き、去って行く。「どうも……」と頭を下げた小清水は、なんとなくまだお茶を手に取ることはせず、早速というようにジンに説明を求める。
小清水「それで……なんですか、アレは?」
ジン「勿体ぶらずにそのままお話しましょう」
ジン「春日井京介さんは、堕喰の落とし子です」
小清水「落とし子……?」
ジン「つまり、堕喰の息子ということですよ」
ジン「しかし、この事実は春日井さんも知りません。彼は自身が堕喰の落とし子だということを知らず、常に人を喰らいたいという欲求と戦い続けている」
ジン「空腹が限界を迎えた時に人間としての理性を失い、ああいう風に人を襲ってしまうようです」
小清水「そんな……」
小清水「……なんで春日井さんをディープ・ブルーに引き入れているんです、危険でしょう」
ジン「……端的に言えば、彼が人間離れした異常な戦闘技術を持っているから。と言うのが理由です」
ジン「彼は貴重な戦力です。なので、周囲と彼自身をも騙しながら、ディープ・ブルーで働いていただいているということです」
小清水「……貴重な戦力を喪いたくないって気持ちもわかりますがね、そのために隊員を餌にしてるってことですか」
ジン「先程のものは、こちらの失態です。あんなことは滅多にありません」
ジン「普段は食事の中に抑制剤を混ぜ、彼の食欲を抑えています」
ジン「それに、春日井さん自身は人類のために戦いたいという意志を強く持っていますから」
ジン「彼の想いを無駄にしたくはありません」
小清水「……」微妙な顔
ある程度の説明を済ませたジンは、仕事の連絡が入ったようで「説明は以上です、気になることがあればまたご連絡を」と言って席を立つ。
ジン「ああ、最後に」
ジン「これらのことは、他言無用です。……よろしいですね?」
小清水「……はいはい……」
―――
まさか配属されて早々、こんな厄介事に巻き込まれるとは想定していなかった。小清水は後ろ頭を掻きながら廊下を歩く。
ふと、目の前に先程見た春日井が立っているのが見えた。なにやら資料を手に眺めているようだ。
先程のことは憶えていないのだろうが、どうしたのだろう。
小清水「春日井さん」
春日井「あなたは……、あ。えっと……小清水さん、でしたね。本日配属されたという」
小清水「呼び捨てでいいのに。あなたが班長でしょう?」
春日井「い、いえ。さすがに年上の方にそれは……」
小清水「あはは、まあやりやすいようにやってもらっていいんですけど」
小清水「……それは?」春日井の手に持ってる資料を見る
春日井「ああ」
春日井「実は、ここ数時間の記憶が無くて……。検査をしてもらったんですけど、特に異常はないそうなんです」
春日井「……なにもないならいいんですけど……。戦闘中に同じようなことがあったら、仲間に迷惑がかかりますから」
小清水「……」「そうですねえ……」
小清水「ま、なんかあったら俺がサポートしますよ。なんてったって、そのための臨時メンバーですし」
春日井「……」苦笑「助かります」
こうして話すと、先程あんな行為を行うとは到底思えないほど穏やかな人だった。
ジンの話によれば、自身が人を喰らっていることも、自身が堕喰の落とし子であることも知らないのだ。
……不運で、哀れな人なのかもしれない。
始まりは、同情だったのかもしれない。
真っ直ぐな目をした春日井に対して、彼すら知らない、春日井の真実を知ってしまった後ろめたさ。
なにも知らないままで、人類のためになるのであれば、知らないほうがいい。
そうして、小清水は春日井から真実を隠すことを誓ったのだ。
#ディープ・ブルー