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位宅
雑記
呟き
幻影または幽霊または「 」
チャイムが鳴ると同時に、ディープ・ブルー隊員養成所講師の
桃李
(
とうり
)
ジクは開いていた本を閉じる。
桃李「はい、じゃあ本日はここまで!ちゃんと予習をしておくのよ」
桃李がそう言うと、生徒たちから返事が返ってくる。それを聞いた桃李は笑みを零し、教室から出て行った。
ふと廊下のすれ違い様に、見知った顔が現れた
彼は
桐ケ谷
(
きりがや
)
夾
(
きょう
)
。近寄りがたい風貌と強面で、周囲の生徒たちは怖がって近づかず、蜘蛛の子のように散っていく。その様子を桐ケ谷は申し訳なさそうに、気まずそうにしている。
桃李「桐ケ谷さん」
見兼ねた桃李が声を掛ければ、桐ケ谷は「あ」と声を上げる。
桐ケ谷「桃李先生……すみません、お久しぶりです」
彼の「すみません」は口癖のようなものだ。体格は大きいというのに、やたら気の弱い男性である。というより、自身が他人にとって威圧感を与えてしまうということにより、必要以上に気を使ってしまっているだけなのだが。
桃李「お久しぶりです」「どうしたんです?養成所に来るなんて珍しいですね」
桐ケ谷「……桃李先生に、お渡ししてくださいと頼まれて……
松田
(
まつだ
)
先生に」
その名前を聞いた瞬間、桃李は「ああ……」と納得した。
松田というのは、桃李と同じく養成所の講師である
松田
(
まつだ
)
静一
(
しずいち
)
だ。表面上の付き合いであれば普通の人なのだが、デリカシーが欠けていたり、言葉が足りなかったりなどして薄っすら周囲から距離を離されているような男性だった。
桃李「すみません、わざわざありがとうございます」
桐ケ谷「いえ……」
桐ケ谷は資料を桃李に手渡すと、桃李は「そうだ」と話し出す。
桃李「こんな時になんですけど、そういえば今日はイオの命日だったわね」
桃李「めぐり合わせかも」
桃李がそう言うと、桐ケ谷はバツの悪そうな表情をした。
桃李
(
とうり
)
イオ。桃李の弟だ。
桃李と同じくディープ・ブルーに配属されていた隊員であり、桃李とは仲が良く、周囲もそれを認知しているほどだった。
ある日の任務、イオは桐ケ谷と同じチームに配属され、出撃した。
しかし帰ってきたのは、イオの除く人数だけ。イオは殉職したのだ。桐ケ谷の判断ミスで。
桐ケ谷の判断ミス。といっても、桃李がそう思っているのではないし、周囲も桐ケ谷を責めるようなことはしていない。討伐目標だった堕喰は、喰った人間の言語能力を学習し、それを発音できる個体だった。
桐ケ谷は優しい人間だ、戦場など向いていないほど。
だから迷いが生じてしまった、その武器を振るう腕を止めてしまったのだ。
堕喰の攻撃は桐ケ谷に振りかざされ――それをイオが庇った。
――申し訳ありません、俺のミスです。
そう言って桃李に頭を下げる桐ケ谷のことを、まだ憶えている。
桃李も、桐ケ谷を責めてはいない。もちろん文句が完全にないわけではないが、責めたところでどうにかなる問題でもないのだ。半ば諦めに近いものではあったが、兎に角桐ケ谷に対して怒るようなことはなかった。
桃李「(……むしろ心配なくらい)」
桃李「(あの時から私とは目を合わせようともしないじゃない、今だって)」
桃李が責めなくても、彼のことは彼が一番責めていることくらい、容易に想像がつく。
桃李「私はお墓参りにでも行こうと思うのだけど、あなたは?」
桐ケ谷「……ここに来る前に、行きました」
桃李「そう」「じゃあ私はこれで、また会いましょうね」
桐ケ谷「はい、また」
―――
自室に着き、荷物を置いてベッドに座る。
ため息をついて顔を上げれば、嫌でも見慣れてしまった姿が目の前にあった。
あの頃からなにも変わらない姿で、男性がごろごろとソファに寝転んでいた。
桐ケ谷「あの……」
桐ケ谷が声を掛ければ、男性――
桃李
(
とうり
)
イオはそちらを向いた。
桐ケ谷「帰らないんですか、お墓に」
イオ「やだ!あそこ暇だもん」
桐ケ谷「……桃李さん、あなたのお墓参り行くらしいですが」
イオ「さっき会ったからいい~~~~」
無邪気に笑うイオを見て、またため息をつく。
いつからだろうか、ある時からイオは桐ケ谷のそばに現れるようになった。
どうやらイオの姿が見えているのは桐ケ谷だけらしい。罪悪感がいきすぎて幻覚が見えるようになったのかと思ったが、医者に相談するのも憚れる。
はたまた幽霊なのか。しかし、イオは桐ケ谷の周りを楽しそうにうろついていたり、桐ケ谷と遊ぶことを望んだりするだけで、なにか責めるようなことを言うわけでもない。悪霊でもなさそうだ。
あの日、自分の迷いのせいで死んだはずの人間が、ずっとそばにいること自体が罰なのだろうか。
イオ「夾ー」
気づけば、イオは桐ケ谷の目の前まで歩いて来ていた。
顔を覗き込むイオに、思わず目を背ける。
イオ「……」む……
桐ケ谷「……」
イオ「……」背けられた方向まで来る
桐ケ谷「なんですか……」
イオ「なんでこっち見ないの?」
桐ケ谷「……単純に、人と目を合わせるのが、……苦手なだけで」
イオ「じゃあおれで練習しよっ!こっち見てー」
桐ケ谷「……」寝転ぶ
イオ「あ!寝るつもりだ!」
桐ケ谷「仮眠するだけですから……」
イオ「おれも寝るー」ごろん
イオは楽しげに桐ケ谷に抱き着く。
どこか暖かい体温が伝わってくるような気がした。気のせいには違いないが。
イオ「おやすみ、夾」
小さな手が桐ケ谷の頭を撫でた。
その手の暖かさが、幽霊なのか、幻影なのか。判別すらつかなくなっている。
ほどなくして睡魔に身を任せて、暗闇の中へと意識を潜らせていった。
#ディープ・ブルー
一次創作
2024.11.13
No.6
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チャイムが鳴ると同時に、ディープ・ブルー隊員養成所講師の桃李 ジクは開いていた本を閉じる。
桃李「はい、じゃあ本日はここまで!ちゃんと予習をしておくのよ」
桃李がそう言うと、生徒たちから返事が返ってくる。それを聞いた桃李は笑みを零し、教室から出て行った。
ふと廊下のすれ違い様に、見知った顔が現れた
彼は桐ケ谷 夾。近寄りがたい風貌と強面で、周囲の生徒たちは怖がって近づかず、蜘蛛の子のように散っていく。その様子を桐ケ谷は申し訳なさそうに、気まずそうにしている。
桃李「桐ケ谷さん」
見兼ねた桃李が声を掛ければ、桐ケ谷は「あ」と声を上げる。
桐ケ谷「桃李先生……すみません、お久しぶりです」
彼の「すみません」は口癖のようなものだ。体格は大きいというのに、やたら気の弱い男性である。というより、自身が他人にとって威圧感を与えてしまうということにより、必要以上に気を使ってしまっているだけなのだが。
桃李「お久しぶりです」「どうしたんです?養成所に来るなんて珍しいですね」
桐ケ谷「……桃李先生に、お渡ししてくださいと頼まれて……松田先生に」
その名前を聞いた瞬間、桃李は「ああ……」と納得した。
松田というのは、桃李と同じく養成所の講師である松田 静一だ。表面上の付き合いであれば普通の人なのだが、デリカシーが欠けていたり、言葉が足りなかったりなどして薄っすら周囲から距離を離されているような男性だった。
桃李「すみません、わざわざありがとうございます」
桐ケ谷「いえ……」
桐ケ谷は資料を桃李に手渡すと、桃李は「そうだ」と話し出す。
桃李「こんな時になんですけど、そういえば今日はイオの命日だったわね」
桃李「めぐり合わせかも」
桃李がそう言うと、桐ケ谷はバツの悪そうな表情をした。
桃李 イオ。桃李の弟だ。
桃李と同じくディープ・ブルーに配属されていた隊員であり、桃李とは仲が良く、周囲もそれを認知しているほどだった。
ある日の任務、イオは桐ケ谷と同じチームに配属され、出撃した。
しかし帰ってきたのは、イオの除く人数だけ。イオは殉職したのだ。桐ケ谷の判断ミスで。
桐ケ谷の判断ミス。といっても、桃李がそう思っているのではないし、周囲も桐ケ谷を責めるようなことはしていない。討伐目標だった堕喰は、喰った人間の言語能力を学習し、それを発音できる個体だった。
桐ケ谷は優しい人間だ、戦場など向いていないほど。
だから迷いが生じてしまった、その武器を振るう腕を止めてしまったのだ。
堕喰の攻撃は桐ケ谷に振りかざされ――それをイオが庇った。
――申し訳ありません、俺のミスです。
そう言って桃李に頭を下げる桐ケ谷のことを、まだ憶えている。
桃李も、桐ケ谷を責めてはいない。もちろん文句が完全にないわけではないが、責めたところでどうにかなる問題でもないのだ。半ば諦めに近いものではあったが、兎に角桐ケ谷に対して怒るようなことはなかった。
桃李「(……むしろ心配なくらい)」
桃李「(あの時から私とは目を合わせようともしないじゃない、今だって)」
桃李が責めなくても、彼のことは彼が一番責めていることくらい、容易に想像がつく。
桃李「私はお墓参りにでも行こうと思うのだけど、あなたは?」
桐ケ谷「……ここに来る前に、行きました」
桃李「そう」「じゃあ私はこれで、また会いましょうね」
桐ケ谷「はい、また」
―――
自室に着き、荷物を置いてベッドに座る。
ため息をついて顔を上げれば、嫌でも見慣れてしまった姿が目の前にあった。
あの頃からなにも変わらない姿で、男性がごろごろとソファに寝転んでいた。
桐ケ谷「あの……」
桐ケ谷が声を掛ければ、男性――桃李 イオはそちらを向いた。
桐ケ谷「帰らないんですか、お墓に」
イオ「やだ!あそこ暇だもん」
桐ケ谷「……桃李さん、あなたのお墓参り行くらしいですが」
イオ「さっき会ったからいい~~~~」
無邪気に笑うイオを見て、またため息をつく。
いつからだろうか、ある時からイオは桐ケ谷のそばに現れるようになった。
どうやらイオの姿が見えているのは桐ケ谷だけらしい。罪悪感がいきすぎて幻覚が見えるようになったのかと思ったが、医者に相談するのも憚れる。
はたまた幽霊なのか。しかし、イオは桐ケ谷の周りを楽しそうにうろついていたり、桐ケ谷と遊ぶことを望んだりするだけで、なにか責めるようなことを言うわけでもない。悪霊でもなさそうだ。
あの日、自分の迷いのせいで死んだはずの人間が、ずっとそばにいること自体が罰なのだろうか。
イオ「夾ー」
気づけば、イオは桐ケ谷の目の前まで歩いて来ていた。
顔を覗き込むイオに、思わず目を背ける。
イオ「……」む……
桐ケ谷「……」
イオ「……」背けられた方向まで来る
桐ケ谷「なんですか……」
イオ「なんでこっち見ないの?」
桐ケ谷「……単純に、人と目を合わせるのが、……苦手なだけで」
イオ「じゃあおれで練習しよっ!こっち見てー」
桐ケ谷「……」寝転ぶ
イオ「あ!寝るつもりだ!」
桐ケ谷「仮眠するだけですから……」
イオ「おれも寝るー」ごろん
イオは楽しげに桐ケ谷に抱き着く。
どこか暖かい体温が伝わってくるような気がした。気のせいには違いないが。
イオ「おやすみ、夾」
小さな手が桐ケ谷の頭を撫でた。
その手の暖かさが、幽霊なのか、幻影なのか。判別すらつかなくなっている。
ほどなくして睡魔に身を任せて、暗闇の中へと意識を潜らせていった。
#ディープ・ブルー