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ディープ・ブルー 第2話
食堂まで行けば、見慣れた姿があった。
桐ケ谷
(
きりがや
)
だ。
桐ケ谷は丁寧な仕草で食事を取っている。真面目さが現れているのがわかる。
春日井
(
かすがい
)
が桐ケ谷に声を掛けようと足を踏み出した時、別の隊員が桐ケ谷に声をかけた。見るからに柄が悪く、また声も大きい。好意的ではないのは明らかだろう。
隊員A「よお桐ケ谷さん」
隊員B「一人で食べてんの?アンタんとこに美人な女いるじゃん」「なんだっけ?講師もやってる胸デケェ女」
隊員C「誘えねえっしょ、だってアンタ、あの女講師の弟殺しちゃったもんなあ」
桐ケ谷は答えない。無視などではなく、むしろ居心地が悪そうに、言い返す言葉すらないとでも言うように目を背けている。
小清水
(
こしみず
)
「なんだアイツら……って、春日井さん!?」
春日井はずかずかと彼らの前まで歩く。
春日井「うちのメンバーがなにか」
隊員A「ああ?」
春日井「ここは食堂だ、他の利用者のことも考えろ」
隊員B「なんだアンタ、コイツの知り合い?」
隊員C「春日井班の班長だろ。アンタもコイツに殺されないように気を付けなよー」
桃李
(
とうり
)
「あらあら、随分賑やかですね~」
隊員たち「ヒッ!?」
突如背後からした声に驚いたのか、隊員たちはビクリと肩を跳ねさせて驚く。
振り向けば、笑顔の桃李がいた。
桃李「申し訳ありませんが、ここは共用施設なので……。あまり品の無い言葉は、使用禁止を言い渡されるかもしれませんよ?」「今すぐに」
隊員たち「へ……っ?」
桃李が視線を落とす。全員が目を追えば、そこには笑顔を浮かべたディープ・ブルーの管理人 ジン・ブラッドレイが立っていた。
これには隊員たちも顔を青ざめ、我先にと逃げ出していく。
桃李「二度とクソしょうもないことで絡んでくるんじゃないわよバカガキ共がよ」
小清水「く、口悪~い……」
春日井「すみません、桃李さん、管理人。……大丈夫ですか、桐ケ谷さん」
桐ケ谷「あ、ああ……。俺なら大丈夫です。……すみません」
桐ケ谷は春日井と目を合わせようとはしなかった。
小清水「ってゆーか、なんで管理人がここに?」
桃李「どうやら私たちに話があるらしくて。管理人直々に春日井班ご指名ってことよ」
小清水「えっ、な、なんです話って」
ジン「ここではなんです。管理室に来ていただけませんか?」
◇
―管理室
ジン「実は様子のおかしい
堕喰
(
だくろ
)
の目撃情報がありまして」
春日井「様子のおかしい……?」
小清水「逆に正常な堕喰ってなんです」
ジン「ふふ、確かに。そう言われれば、正常な堕喰という定義には答えかねますね」
ジン「しかし、ある程度の行動パターンは予測できます。しかし、近頃その行動パターンから外れる行為をする堕喰が報告されているのです」
ジン「これを見ていただけますか?」
ジンはタブレットから映像を流す。
そこには、他班と堕喰との戦闘記録の映像が映されていた。
見慣れた戦闘光景。しかし、突如として堕喰は動きを止めた。そして、なにかに導かれるようにして、その場から去って行った。
桐ケ谷「これは……どういうことです?」
小清水「逃げている……というわけでもなさそうですね。なにかに気づいたように顔を上げて、どこかへと向かって行ってる様子です」
ジン「結局、この堕喰の後は追いつくことはできず、任務は達成できていません」
ジン「しかし、先日この堕喰をまた見かけたという目撃情報がありました」
ジン「この堕喰が特殊なのか、一体どうしてこの場から離脱したのか」
ジン「ある程度の情報が欲しい。春日井班には、この現象の調査をお願いしたいのです」
◇
目的地に到着する。そこには情報通り、堕喰が居た。
桐ケ谷「堕喰が負傷したことによる逃走などをした。という前例は今までありません」
桐ケ谷「通常、堕喰が倒れるか、こちらが倒れるまで戦闘は続くものです。……なにがあるかわかりません、慎重にやりましょう」
小清水「了解。んじゃ、やりますか」
春日井班は戦場に飛び込む。桃李は構えていた斧型の武器を振りかざし――それを堕喰の頭部目掛けて振り下ろす。堕喰は雄叫びを上げる。そしてぐらりと身体を揺らしたところを、小清水のショットガンが撃ち込まれるだろう。
そして春日井が抜刀した剣を、堕喰に攻撃する――瞬間だった。
???「だめだよ、帰っておいで」
戦場に似合わない、少女のような声色が響く。
その声が聞こえた瞬間、堕喰はぴたりと動きを止める。そしてその堕喰の後ろから、その声の主であろう子供が姿を現したのだ。
小清水「子供……?なんでこんなところに」
その場にいる全員が訝しがっていると、子供はにこりと微笑んで春日井に近づく。
???「京介、ひさしぶり」
???「やっと会えたね」
春日井「え……、な、なんで俺のことを知って……」
春日井「きみは誰だ……?」
???「私はエル」
エル「おぼえてなくても仕方ないよ、まだちいさかったもの」
エル「でも、もうだいじょうぶだよ」
エル「私のところにかえっておいで、京介」
桐ケ谷「!!春日井さん……!!」
桐ケ谷が声を上げる。周囲を見れば、いつの間に現れたのか。無数の堕喰が春日井たちの周囲を取り囲んでいた。
エルは笑顔を浮かべたまま、春日井だけを見ている。
エル「私といっしょに、この世界を食べ尽くそう?」
そう言って、春日井に手を差し出す。
相変わらず意味はわからないが、この誘いにだけは乗ってはいけない。そう理性が訴えかけていた。
それに相反して、自分の中にいるなにかが、この子に縋りたい気持ちを叫んでいる。
会いたかったと子供のように泣き叫びたい衝動に駆られる。
しかし、それに従ったら、もう取り返しのつかないことになると思ったのだ。
春日井「……行かない」
春日井「よくわからないが、おまえが堕喰側であるのならば、猶更それに従うわけにはいかない」
エル「……そう」
エルは寂しそうな表情を見せ、手を降ろす。
エル「……次会うときは、ちがうお返事をきかせてくれたらうれしいな……」
そう言って、エルは後ろへ下がって行き――彼女の背後に現れた黒い渦が、彼女を包んだ。そうして、彼女と渦が元からなかったもののようにこの空間から消え失せる。
残ったのは春日井たちと、攻撃性を見せる堕喰だけだ。
桃李「とんでもない置き土産を残してくれやがったわね……!」
小清水「はッ」「絶体絶命ってやつですかねえ、これって」
その時、ひとつの影が上空から現れた。
その影は、まるで堕喰のような異形をしていた。しかしその影の正体は、見たことのある男だったのだ。
影狗
(
かげいぬ
)
。彼は背の皮膚を突き破った無数の触手を使い、堕喰たちを倒していく。
どう見ても人の姿を保ってはいない、化け物同士の戦いに、春日井は目を奪われてしまった。
そして同時に、この姿を、自分はどこかで見たことがあると気づいた。
堕喰の死骸が転がる地帯、影狗は立ち上がり、春日井のほうを見た。
春日井「……悪い、助かっ――」
影狗「なんでおまえなんだ」
兎に角礼を言おうとした春日井の言葉を遮り、影狗はずかずかと春日井に近づき胸倉を掴んだ。
その目は昨日隊員たちを見ていた軽蔑の目とは違う、敵意に満ちていた目だった。
桃李「ちょ、ちょっとあなた……!」
桃李が止めに入ろうとするが、影狗は構わずに言葉を続ける。
影狗「俺とおまえでなにが違う!?」
影狗「同じだろう、同じなはずだ、なのになんで誰も俺を認めてくれない!?」
影狗「ジンも、エルも、誰も彼も求めるのはみんなおまえだ!!」
影狗「俺だってやれることはした、一人で生きてきた!!なのにッ、なんで、おまえだけ……!!!!」
一方的にまくしたてたあと、影狗は息を切らせたまま春日井から手を離した。呆然と影狗を見る春日井には目もくれず、ディープ・ブルーとは反対方向へと進んでいく。
桐ケ谷「どこに行くんです」
影狗「……」
影狗「ディープ・ブルーには帰らねえ」
影狗「俺は今日をもってディープ・ブルー隊員を辞職する。そう伝えておけ」
そう言って、影狗はどこかへと去って行った。行く宛てがあるのだろうか、しかし後を追うこともできず、春日井たちは風の吹く地帯の中、呆然とその場に取り残されてしまった。
◇
兎に角、任務完了の報告のために帰投をし、ディープ・ブルー内の廊下を歩いていた。
小清水「……なんて説明するんです?アレ」
桃李「……どうもこうもないわよ、辞めますって言ってたんだからそのまま伝えればいいでしょ」
小清水「まあ……そうですよねえ」
桐ケ谷「……彼、の姿……」
桐ケ谷「到底人間のようには思えませんでした」
桐ケ谷「常軌を逸した異形になって……、あれは、なんでしょうか」
小清水「……」「なんでしょうねえ……」
小清水には覚えがある。
ジンから聞いた話だが、堕喰の力を覚醒した人間は、あのように異形の形になるのだという。
あの時見た春日井はああいった姿にはなっていなかったが、攻撃性を持ってしまえば、影狗のようになってしまうことだってある。
小清水「(言えねえ~……んなこと……)」
頭を抱えたくなるような気持ちになる。
春日井「……?」
ふと、春日井が足を止める。
桃李「どうしたの?」
春日井「……いや、」「どこからが声……が」
春日井「……歌?」
そう言った瞬間だった。
春日井「ッ、ぐ……ッ!?」
突如、頭蓋骨が割れそうなほどの頭痛が春日井を襲う。それは耳鳴りと眩暈を伴い、視界は黒く歪んでいき、仲間の心配する声すら遠くなっていく。
立っていられない、目を開けているのに、なにも見えない。
上下左右の感覚、体温すら遠ざかっていく感覚に、春日井は意識を失った。
◇
桃李「とりあえず、私医療班のところに行ってくる!」
小清水「あ、篠田 灰世って人がよく春日井さんを診てくれてますから、その人を探してください!」
桃李「わかった!」
桐ケ谷「……え?」
不意に桐ケ谷がぽつりと呟く。小清水が見れば、彼はどこかへと目をやっているようだ。
どうしたのかと聞こうとした瞬間、警報が施設中に響く。
『緊急事態発生 緊急事態発生』
『堕喰による、ディープ・ブルーへの襲撃が行われている』
『全隊員、出撃せよ』
『これは異常事態である』
そして、なにかがぶつかったような衝撃音と共に、施設全体が揺れる。
外では無数の堕喰を引き連れ、その中心で嗤う、ピエロのような風貌の少女がいた。
#ディープ・ブルー
一次創作
2024.11.17
No.8
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食堂まで行けば、見慣れた姿があった。桐ケ谷だ。
桐ケ谷は丁寧な仕草で食事を取っている。真面目さが現れているのがわかる。
春日井が桐ケ谷に声を掛けようと足を踏み出した時、別の隊員が桐ケ谷に声をかけた。見るからに柄が悪く、また声も大きい。好意的ではないのは明らかだろう。
隊員A「よお桐ケ谷さん」
隊員B「一人で食べてんの?アンタんとこに美人な女いるじゃん」「なんだっけ?講師もやってる胸デケェ女」
隊員C「誘えねえっしょ、だってアンタ、あの女講師の弟殺しちゃったもんなあ」
桐ケ谷は答えない。無視などではなく、むしろ居心地が悪そうに、言い返す言葉すらないとでも言うように目を背けている。
小清水「なんだアイツら……って、春日井さん!?」
春日井はずかずかと彼らの前まで歩く。
春日井「うちのメンバーがなにか」
隊員A「ああ?」
春日井「ここは食堂だ、他の利用者のことも考えろ」
隊員B「なんだアンタ、コイツの知り合い?」
隊員C「春日井班の班長だろ。アンタもコイツに殺されないように気を付けなよー」
桃李「あらあら、随分賑やかですね~」
隊員たち「ヒッ!?」
突如背後からした声に驚いたのか、隊員たちはビクリと肩を跳ねさせて驚く。
振り向けば、笑顔の桃李がいた。
桃李「申し訳ありませんが、ここは共用施設なので……。あまり品の無い言葉は、使用禁止を言い渡されるかもしれませんよ?」「今すぐに」
隊員たち「へ……っ?」
桃李が視線を落とす。全員が目を追えば、そこには笑顔を浮かべたディープ・ブルーの管理人 ジン・ブラッドレイが立っていた。
これには隊員たちも顔を青ざめ、我先にと逃げ出していく。
桃李「二度とクソしょうもないことで絡んでくるんじゃないわよバカガキ共がよ」
小清水「く、口悪~い……」
春日井「すみません、桃李さん、管理人。……大丈夫ですか、桐ケ谷さん」
桐ケ谷「あ、ああ……。俺なら大丈夫です。……すみません」
桐ケ谷は春日井と目を合わせようとはしなかった。
小清水「ってゆーか、なんで管理人がここに?」
桃李「どうやら私たちに話があるらしくて。管理人直々に春日井班ご指名ってことよ」
小清水「えっ、な、なんです話って」
ジン「ここではなんです。管理室に来ていただけませんか?」
◇
―管理室
ジン「実は様子のおかしい堕喰の目撃情報がありまして」
春日井「様子のおかしい……?」
小清水「逆に正常な堕喰ってなんです」
ジン「ふふ、確かに。そう言われれば、正常な堕喰という定義には答えかねますね」
ジン「しかし、ある程度の行動パターンは予測できます。しかし、近頃その行動パターンから外れる行為をする堕喰が報告されているのです」
ジン「これを見ていただけますか?」
ジンはタブレットから映像を流す。
そこには、他班と堕喰との戦闘記録の映像が映されていた。
見慣れた戦闘光景。しかし、突如として堕喰は動きを止めた。そして、なにかに導かれるようにして、その場から去って行った。
桐ケ谷「これは……どういうことです?」
小清水「逃げている……というわけでもなさそうですね。なにかに気づいたように顔を上げて、どこかへと向かって行ってる様子です」
ジン「結局、この堕喰の後は追いつくことはできず、任務は達成できていません」
ジン「しかし、先日この堕喰をまた見かけたという目撃情報がありました」
ジン「この堕喰が特殊なのか、一体どうしてこの場から離脱したのか」
ジン「ある程度の情報が欲しい。春日井班には、この現象の調査をお願いしたいのです」
◇
目的地に到着する。そこには情報通り、堕喰が居た。
桐ケ谷「堕喰が負傷したことによる逃走などをした。という前例は今までありません」
桐ケ谷「通常、堕喰が倒れるか、こちらが倒れるまで戦闘は続くものです。……なにがあるかわかりません、慎重にやりましょう」
小清水「了解。んじゃ、やりますか」
春日井班は戦場に飛び込む。桃李は構えていた斧型の武器を振りかざし――それを堕喰の頭部目掛けて振り下ろす。堕喰は雄叫びを上げる。そしてぐらりと身体を揺らしたところを、小清水のショットガンが撃ち込まれるだろう。
そして春日井が抜刀した剣を、堕喰に攻撃する――瞬間だった。
???「だめだよ、帰っておいで」
戦場に似合わない、少女のような声色が響く。
その声が聞こえた瞬間、堕喰はぴたりと動きを止める。そしてその堕喰の後ろから、その声の主であろう子供が姿を現したのだ。
小清水「子供……?なんでこんなところに」
その場にいる全員が訝しがっていると、子供はにこりと微笑んで春日井に近づく。
???「京介、ひさしぶり」
???「やっと会えたね」
春日井「え……、な、なんで俺のことを知って……」
春日井「きみは誰だ……?」
???「私はエル」
エル「おぼえてなくても仕方ないよ、まだちいさかったもの」
エル「でも、もうだいじょうぶだよ」
エル「私のところにかえっておいで、京介」
桐ケ谷「!!春日井さん……!!」
桐ケ谷が声を上げる。周囲を見れば、いつの間に現れたのか。無数の堕喰が春日井たちの周囲を取り囲んでいた。
エルは笑顔を浮かべたまま、春日井だけを見ている。
エル「私といっしょに、この世界を食べ尽くそう?」
そう言って、春日井に手を差し出す。
相変わらず意味はわからないが、この誘いにだけは乗ってはいけない。そう理性が訴えかけていた。
それに相反して、自分の中にいるなにかが、この子に縋りたい気持ちを叫んでいる。
会いたかったと子供のように泣き叫びたい衝動に駆られる。
しかし、それに従ったら、もう取り返しのつかないことになると思ったのだ。
春日井「……行かない」
春日井「よくわからないが、おまえが堕喰側であるのならば、猶更それに従うわけにはいかない」
エル「……そう」
エルは寂しそうな表情を見せ、手を降ろす。
エル「……次会うときは、ちがうお返事をきかせてくれたらうれしいな……」
そう言って、エルは後ろへ下がって行き――彼女の背後に現れた黒い渦が、彼女を包んだ。そうして、彼女と渦が元からなかったもののようにこの空間から消え失せる。
残ったのは春日井たちと、攻撃性を見せる堕喰だけだ。
桃李「とんでもない置き土産を残してくれやがったわね……!」
小清水「はッ」「絶体絶命ってやつですかねえ、これって」
その時、ひとつの影が上空から現れた。
その影は、まるで堕喰のような異形をしていた。しかしその影の正体は、見たことのある男だったのだ。
影狗。彼は背の皮膚を突き破った無数の触手を使い、堕喰たちを倒していく。
どう見ても人の姿を保ってはいない、化け物同士の戦いに、春日井は目を奪われてしまった。
そして同時に、この姿を、自分はどこかで見たことがあると気づいた。
堕喰の死骸が転がる地帯、影狗は立ち上がり、春日井のほうを見た。
春日井「……悪い、助かっ――」
影狗「なんでおまえなんだ」
兎に角礼を言おうとした春日井の言葉を遮り、影狗はずかずかと春日井に近づき胸倉を掴んだ。
その目は昨日隊員たちを見ていた軽蔑の目とは違う、敵意に満ちていた目だった。
桃李「ちょ、ちょっとあなた……!」
桃李が止めに入ろうとするが、影狗は構わずに言葉を続ける。
影狗「俺とおまえでなにが違う!?」
影狗「同じだろう、同じなはずだ、なのになんで誰も俺を認めてくれない!?」
影狗「ジンも、エルも、誰も彼も求めるのはみんなおまえだ!!」
影狗「俺だってやれることはした、一人で生きてきた!!なのにッ、なんで、おまえだけ……!!!!」
一方的にまくしたてたあと、影狗は息を切らせたまま春日井から手を離した。呆然と影狗を見る春日井には目もくれず、ディープ・ブルーとは反対方向へと進んでいく。
桐ケ谷「どこに行くんです」
影狗「……」
影狗「ディープ・ブルーには帰らねえ」
影狗「俺は今日をもってディープ・ブルー隊員を辞職する。そう伝えておけ」
そう言って、影狗はどこかへと去って行った。行く宛てがあるのだろうか、しかし後を追うこともできず、春日井たちは風の吹く地帯の中、呆然とその場に取り残されてしまった。
◇
兎に角、任務完了の報告のために帰投をし、ディープ・ブルー内の廊下を歩いていた。
小清水「……なんて説明するんです?アレ」
桃李「……どうもこうもないわよ、辞めますって言ってたんだからそのまま伝えればいいでしょ」
小清水「まあ……そうですよねえ」
桐ケ谷「……彼、の姿……」
桐ケ谷「到底人間のようには思えませんでした」
桐ケ谷「常軌を逸した異形になって……、あれは、なんでしょうか」
小清水「……」「なんでしょうねえ……」
小清水には覚えがある。
ジンから聞いた話だが、堕喰の力を覚醒した人間は、あのように異形の形になるのだという。
あの時見た春日井はああいった姿にはなっていなかったが、攻撃性を持ってしまえば、影狗のようになってしまうことだってある。
小清水「(言えねえ~……んなこと……)」
頭を抱えたくなるような気持ちになる。
春日井「……?」
ふと、春日井が足を止める。
桃李「どうしたの?」
春日井「……いや、」「どこからが声……が」
春日井「……歌?」
そう言った瞬間だった。
春日井「ッ、ぐ……ッ!?」
突如、頭蓋骨が割れそうなほどの頭痛が春日井を襲う。それは耳鳴りと眩暈を伴い、視界は黒く歪んでいき、仲間の心配する声すら遠くなっていく。
立っていられない、目を開けているのに、なにも見えない。
上下左右の感覚、体温すら遠ざかっていく感覚に、春日井は意識を失った。
◇
桃李「とりあえず、私医療班のところに行ってくる!」
小清水「あ、篠田 灰世って人がよく春日井さんを診てくれてますから、その人を探してください!」
桃李「わかった!」
桐ケ谷「……え?」
不意に桐ケ谷がぽつりと呟く。小清水が見れば、彼はどこかへと目をやっているようだ。
どうしたのかと聞こうとした瞬間、警報が施設中に響く。
『緊急事態発生 緊急事態発生』
『堕喰による、ディープ・ブルーへの襲撃が行われている』
『全隊員、出撃せよ』
『これは異常事態である』
そして、なにかがぶつかったような衝撃音と共に、施設全体が揺れる。
外では無数の堕喰を引き連れ、その中心で嗤う、ピエロのような風貌の少女がいた。
#ディープ・ブルー