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バロック 第四章(完)

#バロック
生 を 受 け る こ と は 罪 で あ り 、 生 を 望 む こ と は 罪 で あ る

現代より遥か未来。レッドマザーと呼ばれる存在が監視する巨大収容都市「バロック」。
人々は70万年という途方もない長さの懲役を科せられていた。
ある時バロックの中央区に殺人事件が起きた。
知的好奇心に駆られる囚人ヴランと、秩序を司る監視役(パノプティコン)リビデルは、殺人事件の真実を追うために奔走する。

引用・参考・影響を受けたもの等
1984年/ジョージ・オーウェル
マーク・トウェイン
ある母親の物語/ハンス・クリスチャン・アンデルセン
鏡の国のアリス/ルイス・キャロル
悪魔の踊り方/キタニタツヤ


ショッキングな描写有



「これからどうする」

 真っ暗な地下鉄から抜け、空は昇りかけの朝日が薄く暗い夜空を照らしている。リビデルが問えば、ヴランは「そうだな」と言い足元の石ころを蹴った。

「俺が知りたかった殺人事件の真実はこれで明らかになった。犯人はレッドマザー、及びレッドマザーの手下だ。本来犯人を捕まえるのは警備隊(レッドアイ)の仕事だが、この様子じゃバッソ隊長も飼われていると考えたほうがいい」
「……なら、これで捜査は終了か?」
「ああ、俺の用事はこれで終わりだ。おまえは?」

 突然話を振られ、リビデルは目を丸くする。まさか驚かれると思っていなかったヴランは首を傾げてもう一度言う。

「さっき聞いたろ、どうしたいかは自分自身で選べって」
「ああ」
「もちろん、このままいつも通り囚人と監視役(パノプティコン)として励むのもいいだろうな。俺は青い鳥のようにここに嫌気が刺しているだとか、革命を起こしたいだなんてあんまり思ってないんだ」

 思ってないのに反逆行為まで起こしたのかこの男は。リビデルは口には出さずに心で呟く。ヴランがここまで行動を起こしたのは単純で、『殺人事件の真実を知りたかったから』、それまでなのだろう。だから犯人を暴いた。暴いたあとのことは他人の仕事で、同じように革命は青い鳥の仕事なのだ。
 リビデルにとっては、存在意義が揺らぐほどのことだったのに、この男はどこまでも自由奔放で我儘だ。振り回される身にもなってほしい。

「……そうだな、俺は」

 ここにおまえと共に居よう、と言い終わる前に、リビデルにとって聞き慣れたレーザー音が聞こえた。
 宙に舞う鮮血が桜の花びらが散るように美しく、それに呑まれるように見入ってしまう。だがそれがヴランの血であると、思考回路が警報を出す。その時瞬時に身体が動かなかったのは何故だろうか、肩をレーザー銃で貫かれたヴランの身体が傾き、今にも倒れようとしているのに抱き留めなかったのは。

「確保!!」

 怒号が聞こえたと思えば、各所から足音が響きこちらへと向かってくる。警備隊(レッドアイ)だ。彼らはヴランを取り押さえると、罪状を述べ腕を拘束する。
 どこでバレた。
 ユウドキという青い鳥の一員がバラしたのか、いや、違う、ハッキングか。倒壊したアジトだ、既にレッドマザーの監視下に置かれていてもおかしくはなかった。何故もっと早くに気付かなかったのか。
 そして今、リビデルが自身の身体を動かせない理由をようやく察知する。そうだ、ハッキングだ、どこからか操作されている。

「幸せを運ぶ鳥よりも、ネズミと名乗ったほうがよほど合っていると思うがな」

 一人の男がヴランの前に出る。それはヴランにとっても、リビデルにとってもよく知っている顔だ。その姿はどう見てもリビデルと同じ姿なのだから。

「探偵ごっこは楽しかったか?真実まで到達できたおまえにはレッドマザーから特別に、愛情を持って“話し合う”ようにと言われている」
「は、偉大なる兄弟ならぬ母か」
「そうだ、レッドマザーは常に我々を見ている。……旧型はそれを忘れてしまったみたいだが」

 連れて行け。と指示をされた警備隊(レッドアイ)たちがヴランを連行する。リビデルは腕を伸ばそうとする。少しでもいい、待てと叫ぶことができればよかった。しかしなにひとつとして行動を起こすことは許されなかった。リビデルと同じ姿をした男はリビデルに近づき、肩にぽんと手を乗せて耳元で囁く。

「今までお疲れ様」

 ブチン、と目の前の映像が真っ暗になる。沈みかけていく意識に、己と全く同じ声をした「廃棄しろ」といった言葉が聞こえた。
 ああ、なるほど。捨てられるのか。
 ヴラン、おまえにとってはただの人工知能でも、やはり自分にとっては、それでも。母親だったのだ。




「ちょっと!はやくしてくださいよ!こうしてる間にも我々と志を共にする友が苦しんでいるのかもしれないのです!志を共にする友。“とも”だけに。ふふ……」
「いや本当につまんないですそれ……。ああああもうユウドキさんがヘンなこと言うから手元狂いそうじゃないですか。壊れたらあんたのせいですからね…………」

 頭上から声が聞こえる。微かに薄い瞼から光が差し込むのを感じ、五感が戻ってくる。片方が聞いたことのある声だ。確か青い鳥のユウドキ。
 随分の寝床の状態が悪い場所にいる。自分は何故こんなところに居て、なぜ青い鳥がそばにいるのか。
 その瞬間、今までの光景が一気にフラッシュバックとして蘇る。

「ヴラン!!」
「ウワッッッ!!!!!」
「あ、起きましたねえ~。おはようございます、リビデルくん」

 勢いのまま起き上がると、隣にいた黒髪の青年が驚き倒れる。辺りに置かれている器具を見るに、どうやらリビデルを修理していてくれたらしい。
 自分の状態を見れば、随分と酷い有り様だ。部位が見えかけていたり、皮膚の塗装が擦り切れて銀色が見えている。視界と聴覚もクリアとは言えず、ノイズが走っている。しかし支障を来すほどではない。

「ユウドキ……だったか」
「ええ。憶えていてくれて光栄です。記憶媒体を消されずにいたようですねえ」
「た、多分もうじき全てがリセットされますから、消さなくてもいいやくらいに思われたんでしょうね……」
「……リセット?なんのことだ」

 リビデルが聞くと、ユウドキは今までとは打って変わり真剣な表情を見せる。

「日付が変わる今夜の0時、レッドマザーはバロックにいる囚人全員を再教育すると発表しました。脳のチップを使い、直接囚人の脳をコントロールする。囚人の起こす行動、思考、感情は全てレッドマザーが指定されたものしか出力しなくなる。全てがあらかじめ設定されたプログラムのみでしか行動しない、機械都市――。それが完璧な秩序を作りたい彼女の出した答えです」
「改めて聞くとグロテスクすぎますよ……。とんでもSF映画かっての……」
「トーイくんは黙っててください」

 トーイと呼ばれた青年は「はいはい」と返事をすると、器具を片付ける。内部でバグが起きているせいか顔色は変わらなかったが、リビデルの表情がその悲惨な未来を受け入れ難く思っている様子を語っていた。
 確かにレッドマザーが掲げている信条を、リビデルは今まで信じて、共感して彼女に付き従っていた。けれどそれは、人間たちと向き合っていればいずれは叶う願いだと信じていたのだ。あなたはそうではなかったのか。人間たちと対話など望んではいなかったのか。

「囚人たちはてんやわんやですよ。中央塔ではデモが起こっていますが、レッドマザーにはチクりともきていないでしょう」
「……おまえたちは、どうするんだ」
「我々は中央区に潜り込みます。正面から突破すれば、そのままデモを起こしている囚人たちも雪崩れ込んでくるでしょうし」
「そんなことができるのか?」
「もちろん私とトーイくんだけでは望み薄です。仲間が欲しいからあなたを助けたんですよ」

 太陽が真上に上がっている。隙間から差し込む光が周囲を照らした。

「……そうだな、俺もヴランを助けたい」
「我々は仲間が欲しい、あなたも仲間が欲しい。利害の一致ということで……。行きますよ、お二人とも」
「ああ。だがどうやって正面を突破する?中央塔の玄関はそうやすやすと突破されるものじゃないぞ」
「ふふ。お任せください。こういうのは一番手っ取り早い方法があります」

 ユウドキはニヤりと笑みを浮かべる。よくわかっていないリビデルをよそに、トーイは呆れ顔を浮かべていた。


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