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雑記
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まみったー
バロック 第四章(完) 2P目
「そして、俺にとっておまえは――……そうだな、友達だと思っているよ」
そう言った時のリビデルの顔が忘れられない。
意外だったのだろうか。心外だなと思った。これでも好意は素直に伝えてきたはずなのだが。そうヴランは思った。
幼い頃から本が好きだった。両親はならず者の父親と、母親はわからない。きっとその辺りで捕まえて、ろくでもない理由で産み落とされたのだろう。
人の少ない図書館に居座って、様々な物語を読んだ。捻くれたガキだったから大人にも嫌われていた。そもそも元からろくでもない場所なのだから、ここで大人まで成長する子供はそれだけで珍しかった。
監視役
(
パノプティコン
)
が配属されたとき、その男はいかにも生真面目そうで、苦手な印象を受けた。だが遠慮というものを知らなかったものだから、構わず一方的に喋り続けた。
「……そうか。それは考えたことがなかった。おまえは賢いんだな」
嫌味か?と思った。しかしそれはリビデルの目を見て違うと感じた。彼は至って感動した顔で聞いていたのだ。
「おまえの話は面白い、もっと聞かせてくれないか」
それだけだよ。
それだけだ、俺がおまえを好きなのは。
遠くの方で悲鳴が聞こえる。朦朧とした頭の中ではそれが誰のものなのかハッキリとわからなかったが、今にして思えば自分のものだったのだろうなと思った。
警備隊
(
レッドアイ
)
のバッソは部屋中をうろうろと忙しなく歩いていた。
今晩レッドマザーが実行する計画、そして連行されてきたヴラン、廃棄されたというバッソがよく知っているほうのリビデル。新型だというほうのリビデルは、元のリビデルとは同じ顔をしているのに、性悪だと思った。似ても似つかない、リビデルはあんなヤツじゃない。
同じ顔のモデルを二体作るなぞ、レッドマザーの考えがわからなかった。そもそも今晩の計画もそうだが。
自分が信じているレッドマザーを、このまま信じていいのか。彼女を信じる気持ちが揺らぎ、バッソは腕を組んでは頭を掻き、また腕を組んではううむと唸る。
その時、下の階から爆発音が響き、ついで地面が揺れる。
「な、なんだぁ!?」
バッソが慌てていると、同じく慌てた部下がバッソに報告する。
「大変ですバッソ隊長!デモを行っていた囚人が爆弾を投げてきて、玄関が破壊されました!!」
「な、なにィーーーッッ!?」
中央塔。一階。
押し留めようとする
警備隊
(
レッドアイ
)
を押し退け、囚人たちが雪崩れ込む。それはすぐさま二階にも上がっていき、皆一様にレッドマザーのいる場所を目指していた。
「リビデルくん、トーイくん!迷子にならないでくださいよ!」
「わ、わかってますよ……!」
「クソッ、ヴラン、どこだ……!」
周囲を探索しようにも、この大勢に押されては困難だ。
「とりあえず、我々もレッドマザーの部屋を目指しましょう」
「待ってくれ、あと少しでわかりそうなんだ」
リビデルはノイズが走る思考回路でなんとかヴランのチップ反応をキャッチしようとする。
「こ、ここにいたら流されますよ……!とにかくそこの部屋入って避難しましょう!」
トーイは手身近にあった扉を開け、ユウドキとリビデルを避難させる。人混みから脱出できた三人は部屋の中を見渡す。
「おや、資料室のようですね」
ユウドキは一冊の書類を手に取る。数枚捲ると、ユウドキはそれを音読する。
「202X年、
赤澤
(
あかざわ
)
正臣
(
まさおみ
)
氏が開発した世界最高の人工知能『赤の女王』が誕生する。
203X年、『赤の女王』がシステムエラーを起こし、人間の操作を受け付けずひとりでに大量の人工知能を生産する。彼女はその際自身を『レッドマザー』と名乗り、自身が生み出した人工知能を『我が子』だと言うようになった。
204X年、『レッドマザー』は巨大収容都市『バロック』を作り出し、人類を幽閉し、監視社会を設立する。……なるほど、レッドマザーとバロック誕生の歴史ですか」
「こっちには、
赤澤
(
あかざわ
)
正臣
(
まさおみ
)
っていう人の資料ですね…………。彼は子供を身ごもったままの奥さんを、放火魔による火事で亡くしたようです…………。
赤澤
(
あかざわ
)
美桜
(
みお
)
さんですか」
赤澤美桜。その名前を聞いた瞬間、リビデルは思い出す。
「……レッドマザーの名前だ」
「え?」
「レッドマザーが一度だけ教えてくれたことがある。本当の名前があって……ミオという名前だって」
ユウドキとトーイは顔を見合わせる。
その瞬間、上階から激しい爆発音が聞こえた。人々の怒号、揺れる地面。
「少々ゆっくりしすぎてしまいましたか、我々も急ぎましょう。まずはヴランくんを探すところですねえ」
拷問管は慌てて出て行くと、鍵も閉めずに出て行った。盗み見た暗証番号を手錠に合わせれば、かちりと音を立てて外れる。痛みで悲鳴を上げる身体を叱咤して部屋を出る。やたらと周囲が静かだ、先程まで騒がしかったはずだが。しかしここまで来たからにはチャンスかもしれない、中央塔まで来れるなんて滅多にない。
しかし身体はとっくに限界を迎えて、歩み出したタイミングで傾く。まあ、自分にしてはよく頑張ったほうだ。そう思って目を閉じる。
「ヴラン!!」
身体が地面にぶつかる代わりに、硬い鉄の腕が抱き留めた。
「……リビデル?」
「おまえ……っ、身体中怪我だらけじゃないか!ひどい怪我だ、すぐに手当できれば……」
「……っふ、ははは!」
必死になるリビデルをよそにヴランは声を上げて笑う。きょとんとするリビデルにますますおかしくなって、肩に手を乗せる。
「そうだな、ボロボロだ。俺もおまえも」
「……こんな、……こんなボロボロになるのは柄じゃないだろう」
「探偵してたらたまにはあるよ」
「ないだろ」
「…………静かすぎませんか?」
トーイが呟く。その言葉にユウドキが頷き、周囲を見渡す。
「それに、あんなにいたはずの人が消えている。……どう考えてもおかしい」
四人は奥に進む。赤い球体が嵌めこまれた扉を見て、リビデルは言う。
「ここにレッドマザーがいる。……俺も、ちゃんと会うのは久しぶりだ」
「ついにご対面ですねえ!真正面からコテンパンのパンのパパンにしてやりますよ!」
「そんな簡単にできるわけがないじゃないですか…………考えが足らなすぎる…………」
「ともあれなにが来るかはわからん、用心しろよ」
リビデルは頷いて球体の前に手を翳す。電子音が響き、鈍い音を立てながら扉が開く。
中はどこまでも広く、白い空間をした部屋だった。あらゆる場所から電子線が伸び、中央の巨大モニターと核を動かしている。周囲に見惚れる三人に、ヴランは「待て」と声をかける。
ヴランの目線を追えば、そこには中央塔に突撃したであろう囚人たちが、まるで兵隊のように整列して立っている。その表情からは生気を感じられず、まるで魂を抜かれてしまったかのようだ。
「出来損ないの旧型が。烏合の衆を引き連れて戻ってきたみたいだな」
その整列した囚人たちの後ろの方から、リビデルと同じ顔した”新型”が足音を響かせてモニターの前に出る。
「うわっ……同じ顔のモデルが二体いる……キモッ……あっ、すみません……」
トーイが後ろの方で呟くと、ユウドキから殴られる音がした。
「そうだ、レッドマザーがわざわざおまえをもう一人作った理由がわかるか?……おまえはレッドマザーが望んだ理想の“我が子”じゃなかったんだよ」
新型が言った言葉に、ユウドキが「なるほど」と呟く。
「レッドマザーが
赤澤
(
あかざわ
)
美桜
(
みお
)
の人格をコピーしたものだとすれば、彼女はずっと自分が産むはずだった我が子が欲しかった……ということでしょうか」
「……
赤澤
(
あかざわ
)
美桜
(
みお
)
は、自身と我が子を殺した犯罪者を恨んでいた。だから彼女の思念が宿った人工知能は犯罪者を憎み、犯罪者が何故生まれるのかを考え、飛躍した思考は“人間が犯罪者にならない世界”を作り出すことを思いつき、実行した」
リビデルが言う。新型はそれに続ける。
「囚人を
監視役
(
パノプティコン
)
に監視させることで、犯罪を起こそうという愚かな思考は食い止められるだろうと思っていた。しかし、囚人の思想に同意する
監視役
(
パノプティコン
)
が現れた。ポイントをアンドロイドに投与することで人工知能のレベルは上がったが、それと同時に同調するようにもなってしまった」
新型はリビデルを指差す。
「おまえのようにな、旧型。だがもうレッドマザーが恐れるものはない、バロックに住む者が皆彼女の子供になり、殺し殺されることもない世界になる。完璧な秩序が作り出されるんだ。おまえもそれを望んでいただろう」
新型はそう言って笑う。完璧な秩序、誰もが平和に生きれる世界。しかし、今リビデルとレッドマザーが描いていた理想の世界は、同じものなのだろうか。これもひとつの正しい世界なのかもしれない。
だが、それでも、諦めたくはなかった。
リビデルが口を開こうとした瞬間、ヴランが駆けだす。
「!?」
「馬鹿野郎!!!!!」
持っていたナイフを、部屋の真ん中にある核に刺した。機械が破壊される音、赤く染まりだす部屋。けたたましく鳴る警報。
「き、貴様……ッ!!」
新型が怒りに満ちた声でヴランに言うが、続く言葉はなく、その前にヴランのこぶしが新型の顔面にぶつかった。
「完璧な秩序だと?一生このまま考えることをやめて生きていくなんざ、おまえから受けた拷問よりもよほど拷問だ!!俺はおまえらみたいな空っぽな存在なんかに埋もれていたくない、そんな世界に納まるくらいなら、死んだほうがましだ!!」
ヴランは叫ぶ。それは大した声量ではなかったし、誰しもを揺るがすようなカリスマ性を持っているわけでもなかった。
ただ目の前の波に抗っているだけの、小さな人間が叫んでいた。
だからこそ、リビデルはヴランの言葉が頭の中を反芻して止まなかった。考えることをやめたくない。そうだ。俺はおまえの下手な踊り方が好きだったのだ。
「こ、このままここにいたら爆発に巻き込まれちゃいますよ…………!!」
焦ったように言うトーイ。
「ヴランくん、リビデルくん!ここを出ますよ!」
ユウドキが言う。ヴランはしばらく新型を見つめていたが、新型は目を伏せたままヴランを見ることはしなかった。このままここを去る気がないことを察したヴランは、ユウドキとトーイについていく。
「……」
リビデルは新型に声を掛けようとする。目の前の核は赤い光を放っている。このままここを出ることは、レッドマザーの手から離れることを意味していた。
おまえは行かないのか、と声をかけることを考えていた、そして、それを考えている時点で、自分にはもう、ここに残るという選択が浮かんでいないのだと気づいた。
「……さようなら、お母さん」
そう呟いたのは、何故だったか。今のリビデルにはよくわからなかった。
25XX年 巨大収容都市「バロック」 跡地
倒壊した大きな都市から少し離れた場所、一本の道を黒い車が走っている。
「崩壊しちゃいましたねえ……バロック」
「俺のせいか」
「10割そうですねえ」
運転席に座ってあてもなく車を走らせているトーイは、助手席に座るユウドキに話しかける。
「それで……これからどうします?」
「とりあえず、他の都市でも探したいものですが……あ、これって旅ですか!?旅!」
「なるほど、旅か。それもいいかもしれないな。旅人にも憧れがあったんだ」
ヴランが同意すれば、ユウドキは楽しそうにはしゃぐ。
日は既に落ちかけている。車のヘッドライトが前を照らした。
リビデルは後ろを振り返る。あんなにも絶対だと信じて疑っていたものは、あっけなく崩れ落ちてしまった。
長き歴史の終わり。
「そして新しい歴史の始まりだ」
ヴランが言う。
「……だからその見透かすようなことを言うのをやめろ」
「おまえがわかりやすいだけだ」
「ふん。……これからどうなるんだろうな、俺たちは」
「さあ?なるようになるだろ」
「そ、そんな適当な…………」
「なんとかなりますよーぅ!ほらほら、発進発進~!」
「うげ~…………適当すぎますこのひとたち…………」
彼らの能天気な物言いに、リビデルは苦笑する。これから先の未来はわからない、決定づけられた未来を提示されるわけでもない。
籠から出た鳥、檻から出た猿はあてもなく自由な道を往く。あとの歴史は彼らが作るものだ。
倒壊したがたくたの山から、咳き込みながら二人の男が顔を出す。
「ゲッホゲッホ!ハァハァ、まったく散々だ!」
「本当に散々ですバッソ隊長……」
バッソのその部下は周囲を見渡す。
「あーこりゃ完全に倒壊してますね……」
「見ればわかる!!このままここにいてもなにもあるまい、とにかく歩くぞ」
「えっ、どこ行くんですか?」
「目的はない。歩いてりゃどこか別の都市に辿り着くだろ」
「着きますかねえ……」
バッソのその部下はあてもなく歩き出す。歩き出した方向は、偶然にもリビデルらが向かった方向であることを、まだ誰も知らない。
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2025.3.3
No.23
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そう言った時のリビデルの顔が忘れられない。
意外だったのだろうか。心外だなと思った。これでも好意は素直に伝えてきたはずなのだが。そうヴランは思った。
幼い頃から本が好きだった。両親はならず者の父親と、母親はわからない。きっとその辺りで捕まえて、ろくでもない理由で産み落とされたのだろう。
人の少ない図書館に居座って、様々な物語を読んだ。捻くれたガキだったから大人にも嫌われていた。そもそも元からろくでもない場所なのだから、ここで大人まで成長する子供はそれだけで珍しかった。監視役が配属されたとき、その男はいかにも生真面目そうで、苦手な印象を受けた。だが遠慮というものを知らなかったものだから、構わず一方的に喋り続けた。
「……そうか。それは考えたことがなかった。おまえは賢いんだな」
嫌味か?と思った。しかしそれはリビデルの目を見て違うと感じた。彼は至って感動した顔で聞いていたのだ。
「おまえの話は面白い、もっと聞かせてくれないか」
それだけだよ。
それだけだ、俺がおまえを好きなのは。
遠くの方で悲鳴が聞こえる。朦朧とした頭の中ではそれが誰のものなのかハッキリとわからなかったが、今にして思えば自分のものだったのだろうなと思った。
警備隊のバッソは部屋中をうろうろと忙しなく歩いていた。
今晩レッドマザーが実行する計画、そして連行されてきたヴラン、廃棄されたというバッソがよく知っているほうのリビデル。新型だというほうのリビデルは、元のリビデルとは同じ顔をしているのに、性悪だと思った。似ても似つかない、リビデルはあんなヤツじゃない。
同じ顔のモデルを二体作るなぞ、レッドマザーの考えがわからなかった。そもそも今晩の計画もそうだが。
自分が信じているレッドマザーを、このまま信じていいのか。彼女を信じる気持ちが揺らぎ、バッソは腕を組んでは頭を掻き、また腕を組んではううむと唸る。
その時、下の階から爆発音が響き、ついで地面が揺れる。
「な、なんだぁ!?」
バッソが慌てていると、同じく慌てた部下がバッソに報告する。
「大変ですバッソ隊長!デモを行っていた囚人が爆弾を投げてきて、玄関が破壊されました!!」
「な、なにィーーーッッ!?」
中央塔。一階。
押し留めようとする警備隊を押し退け、囚人たちが雪崩れ込む。それはすぐさま二階にも上がっていき、皆一様にレッドマザーのいる場所を目指していた。
「リビデルくん、トーイくん!迷子にならないでくださいよ!」
「わ、わかってますよ……!」
「クソッ、ヴラン、どこだ……!」
周囲を探索しようにも、この大勢に押されては困難だ。
「とりあえず、我々もレッドマザーの部屋を目指しましょう」
「待ってくれ、あと少しでわかりそうなんだ」
リビデルはノイズが走る思考回路でなんとかヴランのチップ反応をキャッチしようとする。
「こ、ここにいたら流されますよ……!とにかくそこの部屋入って避難しましょう!」
トーイは手身近にあった扉を開け、ユウドキとリビデルを避難させる。人混みから脱出できた三人は部屋の中を見渡す。
「おや、資料室のようですね」
ユウドキは一冊の書類を手に取る。数枚捲ると、ユウドキはそれを音読する。
「202X年、赤澤 正臣氏が開発した世界最高の人工知能『赤の女王』が誕生する。
203X年、『赤の女王』がシステムエラーを起こし、人間の操作を受け付けずひとりでに大量の人工知能を生産する。彼女はその際自身を『レッドマザー』と名乗り、自身が生み出した人工知能を『我が子』だと言うようになった。
204X年、『レッドマザー』は巨大収容都市『バロック』を作り出し、人類を幽閉し、監視社会を設立する。……なるほど、レッドマザーとバロック誕生の歴史ですか」
「こっちには、赤澤 正臣っていう人の資料ですね…………。彼は子供を身ごもったままの奥さんを、放火魔による火事で亡くしたようです…………。赤澤 美桜さんですか」
赤澤美桜。その名前を聞いた瞬間、リビデルは思い出す。
「……レッドマザーの名前だ」
「え?」
「レッドマザーが一度だけ教えてくれたことがある。本当の名前があって……ミオという名前だって」
ユウドキとトーイは顔を見合わせる。
その瞬間、上階から激しい爆発音が聞こえた。人々の怒号、揺れる地面。
「少々ゆっくりしすぎてしまいましたか、我々も急ぎましょう。まずはヴランくんを探すところですねえ」
拷問管は慌てて出て行くと、鍵も閉めずに出て行った。盗み見た暗証番号を手錠に合わせれば、かちりと音を立てて外れる。痛みで悲鳴を上げる身体を叱咤して部屋を出る。やたらと周囲が静かだ、先程まで騒がしかったはずだが。しかしここまで来たからにはチャンスかもしれない、中央塔まで来れるなんて滅多にない。
しかし身体はとっくに限界を迎えて、歩み出したタイミングで傾く。まあ、自分にしてはよく頑張ったほうだ。そう思って目を閉じる。
「ヴラン!!」
身体が地面にぶつかる代わりに、硬い鉄の腕が抱き留めた。
「……リビデル?」
「おまえ……っ、身体中怪我だらけじゃないか!ひどい怪我だ、すぐに手当できれば……」
「……っふ、ははは!」
必死になるリビデルをよそにヴランは声を上げて笑う。きょとんとするリビデルにますますおかしくなって、肩に手を乗せる。
「そうだな、ボロボロだ。俺もおまえも」
「……こんな、……こんなボロボロになるのは柄じゃないだろう」
「探偵してたらたまにはあるよ」
「ないだろ」
「…………静かすぎませんか?」
トーイが呟く。その言葉にユウドキが頷き、周囲を見渡す。
「それに、あんなにいたはずの人が消えている。……どう考えてもおかしい」
四人は奥に進む。赤い球体が嵌めこまれた扉を見て、リビデルは言う。
「ここにレッドマザーがいる。……俺も、ちゃんと会うのは久しぶりだ」
「ついにご対面ですねえ!真正面からコテンパンのパンのパパンにしてやりますよ!」
「そんな簡単にできるわけがないじゃないですか…………考えが足らなすぎる…………」
「ともあれなにが来るかはわからん、用心しろよ」
リビデルは頷いて球体の前に手を翳す。電子音が響き、鈍い音を立てながら扉が開く。
中はどこまでも広く、白い空間をした部屋だった。あらゆる場所から電子線が伸び、中央の巨大モニターと核を動かしている。周囲に見惚れる三人に、ヴランは「待て」と声をかける。
ヴランの目線を追えば、そこには中央塔に突撃したであろう囚人たちが、まるで兵隊のように整列して立っている。その表情からは生気を感じられず、まるで魂を抜かれてしまったかのようだ。
「出来損ないの旧型が。烏合の衆を引き連れて戻ってきたみたいだな」
その整列した囚人たちの後ろの方から、リビデルと同じ顔した”新型”が足音を響かせてモニターの前に出る。
「うわっ……同じ顔のモデルが二体いる……キモッ……あっ、すみません……」
トーイが後ろの方で呟くと、ユウドキから殴られる音がした。
「そうだ、レッドマザーがわざわざおまえをもう一人作った理由がわかるか?……おまえはレッドマザーが望んだ理想の“我が子”じゃなかったんだよ」
新型が言った言葉に、ユウドキが「なるほど」と呟く。
「レッドマザーが赤澤 美桜の人格をコピーしたものだとすれば、彼女はずっと自分が産むはずだった我が子が欲しかった……ということでしょうか」
「……赤澤 美桜は、自身と我が子を殺した犯罪者を恨んでいた。だから彼女の思念が宿った人工知能は犯罪者を憎み、犯罪者が何故生まれるのかを考え、飛躍した思考は“人間が犯罪者にならない世界”を作り出すことを思いつき、実行した」
リビデルが言う。新型はそれに続ける。
「囚人を監視役に監視させることで、犯罪を起こそうという愚かな思考は食い止められるだろうと思っていた。しかし、囚人の思想に同意する監視役が現れた。ポイントをアンドロイドに投与することで人工知能のレベルは上がったが、それと同時に同調するようにもなってしまった」
新型はリビデルを指差す。
「おまえのようにな、旧型。だがもうレッドマザーが恐れるものはない、バロックに住む者が皆彼女の子供になり、殺し殺されることもない世界になる。完璧な秩序が作り出されるんだ。おまえもそれを望んでいただろう」
新型はそう言って笑う。完璧な秩序、誰もが平和に生きれる世界。しかし、今リビデルとレッドマザーが描いていた理想の世界は、同じものなのだろうか。これもひとつの正しい世界なのかもしれない。
だが、それでも、諦めたくはなかった。
リビデルが口を開こうとした瞬間、ヴランが駆けだす。
「!?」
「馬鹿野郎!!!!!」
持っていたナイフを、部屋の真ん中にある核に刺した。機械が破壊される音、赤く染まりだす部屋。けたたましく鳴る警報。
「き、貴様……ッ!!」
新型が怒りに満ちた声でヴランに言うが、続く言葉はなく、その前にヴランのこぶしが新型の顔面にぶつかった。
「完璧な秩序だと?一生このまま考えることをやめて生きていくなんざ、おまえから受けた拷問よりもよほど拷問だ!!俺はおまえらみたいな空っぽな存在なんかに埋もれていたくない、そんな世界に納まるくらいなら、死んだほうがましだ!!」
ヴランは叫ぶ。それは大した声量ではなかったし、誰しもを揺るがすようなカリスマ性を持っているわけでもなかった。
ただ目の前の波に抗っているだけの、小さな人間が叫んでいた。
だからこそ、リビデルはヴランの言葉が頭の中を反芻して止まなかった。考えることをやめたくない。そうだ。俺はおまえの下手な踊り方が好きだったのだ。
「こ、このままここにいたら爆発に巻き込まれちゃいますよ…………!!」
焦ったように言うトーイ。
「ヴランくん、リビデルくん!ここを出ますよ!」
ユウドキが言う。ヴランはしばらく新型を見つめていたが、新型は目を伏せたままヴランを見ることはしなかった。このままここを去る気がないことを察したヴランは、ユウドキとトーイについていく。
「……」
リビデルは新型に声を掛けようとする。目の前の核は赤い光を放っている。このままここを出ることは、レッドマザーの手から離れることを意味していた。
おまえは行かないのか、と声をかけることを考えていた、そして、それを考えている時点で、自分にはもう、ここに残るという選択が浮かんでいないのだと気づいた。
「……さようなら、お母さん」
そう呟いたのは、何故だったか。今のリビデルにはよくわからなかった。
25XX年 巨大収容都市「バロック」 跡地
倒壊した大きな都市から少し離れた場所、一本の道を黒い車が走っている。
「崩壊しちゃいましたねえ……バロック」
「俺のせいか」
「10割そうですねえ」
運転席に座ってあてもなく車を走らせているトーイは、助手席に座るユウドキに話しかける。
「それで……これからどうします?」
「とりあえず、他の都市でも探したいものですが……あ、これって旅ですか!?旅!」
「なるほど、旅か。それもいいかもしれないな。旅人にも憧れがあったんだ」
ヴランが同意すれば、ユウドキは楽しそうにはしゃぐ。
日は既に落ちかけている。車のヘッドライトが前を照らした。
リビデルは後ろを振り返る。あんなにも絶対だと信じて疑っていたものは、あっけなく崩れ落ちてしまった。
長き歴史の終わり。
「そして新しい歴史の始まりだ」
ヴランが言う。
「……だからその見透かすようなことを言うのをやめろ」
「おまえがわかりやすいだけだ」
「ふん。……これからどうなるんだろうな、俺たちは」
「さあ?なるようになるだろ」
「そ、そんな適当な…………」
「なんとかなりますよーぅ!ほらほら、発進発進~!」
「うげ~…………適当すぎますこのひとたち…………」
彼らの能天気な物言いに、リビデルは苦笑する。これから先の未来はわからない、決定づけられた未来を提示されるわけでもない。
籠から出た鳥、檻から出た猿はあてもなく自由な道を往く。あとの歴史は彼らが作るものだ。
倒壊したがたくたの山から、咳き込みながら二人の男が顔を出す。
「ゲッホゲッホ!ハァハァ、まったく散々だ!」
「本当に散々ですバッソ隊長……」
バッソのその部下は周囲を見渡す。
「あーこりゃ完全に倒壊してますね……」
「見ればわかる!!このままここにいてもなにもあるまい、とにかく歩くぞ」
「えっ、どこ行くんですか?」
「目的はない。歩いてりゃどこか別の都市に辿り着くだろ」
「着きますかねえ……」
バッソのその部下はあてもなく歩き出す。歩き出した方向は、偶然にもリビデルらが向かった方向であることを、まだ誰も知らない。
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