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※注意※当作品に含まれる成分表。暴力/流血/倫理観の欠如/人外化/年齢が非常に若い刑事などのファンタジー設定参考鏡の国のアリス ルイス・キャロル赤の女王仮説 Wikipedia四季(ヴィヴァルディ) Wikipedia
一次創作 2025.12.19 No.51
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夏生くん、これだけは憶えててほしい
誰がなんと言おうと、きみは獣地夏生というひとりの人間だ
最上階まで辿り着き、目の前にはカードキーを差し込まなければ開かない、白い扉がある。
この中に元凶であると考えられる、ディルクロの社長がいる。
「……開けるぞ」
柊一がそう言うと、朔良と夏生は黙って頷いた。
御前から受け取ったカードキーを差し込めば、静かな電子音と共にランプが緑に光る。
「さすが」
御前の技術力に感服しながらも、この先への不安を疼かせる。
柊一はドアノブを握りしめ、意を決して開けた。
「赤の女王仮説をご存知だろうか」
「他種族との競争の中、生き残るためには常に進化していなければならないという仮説だ」
「1973年、リー・ヴァン・ヴェーレンによって提唱された」
部屋に置かれた蓄音機から流れ出すのは、アントニオ・ヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲、「四季」より冬。
第1楽章では、寒波の中身震いを起こしているような表現がなされている。
部屋の奥には3人の人間がいた。
一人は赤い髪をし、不機嫌そうに顔を歪ませている女性。
もう一人は、地面に置かれた積み木に夢中になっている。夏生らのことなど眼中にないようだ。
もう一人は、椅子に座って目を細めながらこちらを見ている。
彼は薄ら笑みを浮かべながら言った。
「我々シーカーは、元々人間によって生み出された存在」
「ある街はずれの研究所で、非人道的に行われた研究」
「生み出されたシーカーは自我を宿し」
「生き残るために、支配される側ではなく支配する側へと意識を成長させた」
「それが、私たちが起こした人間への逆襲」
「人間への逆襲……」
「アタシたちは、アタシたちのやり方で種を存続させたい」
「アンタたちは、アンタたちの世界を守りたい」
「なら、和解できる道はねえってことだ」
「でも……!」
「俺は、人間の世界を守りたいよ」
「自我のあるシーカーが話し合えば、まだ和解の道だってあるかも……」
「甘っちょろいこと言ってんじゃねえよ」
「その姿、おまえはレギナの血を濃く継いでるはずなんだがな」
「レギナ……?」
「最初に産まれたシーカー」
「実験体の番号になぞらえて言うなら……」
「seeker-001」
その時、爆風が窓を叩いていることを柊一は察知する。
ガタガタと音を立てて揺れる窓、ますます風は強くなっていく。
「夏生、朔良!!伏せろ!!」
そう言い終わるや否や、全貌を見渡せるほどの窓は音を立てて砕け散った。
ビルから這い上がって来たのは、巨大な図体を構え、ギョロリと目玉を覗かせるシーカーであった。
まるで皮膚の中を剥き出しにしたような赤黒い肌、牙は人間のそれより獣に近い歯並びをし、頭だけが一際大きくなっている。
一つ目のように覗かせた巨大な目玉は、確かに夏生らを捉えている。
これがシーカーの本性、本来の姿。
「ホベッツ、やるぞ」
赤髪の女性は、すっかり積み木が崩された様子のもう一人に声をかける。
「タシック!積み木が~!」
「また買い直せばいいだろ」
「エス様とレギナ様の悲願の達成のために」
「アタシらは貴方達の手となり足になる」
そう言ったタシックとホベッツは、シーカーの前に立つ。
シーカーは躊躇うことなく二人を飲み込み、ただでさえ異形のものだったそれは、背中からなにかが生成されるような、生み出されるような骨の砕かれる音と共に、悪魔のような翼が広がる。
「えーっと……」
「……どうします?」
「どうするもなにも……」
絶望的な状況下に、思わず言葉を失う。
「柊一、朔良」
「な、なんです、か」
「俺があんな感じの姿になっても、」
「嫌いにならないでくれる?」
「は!?」
「……それは」
「おまえもあの姿になることで対抗するってことか?」
「そう」
「さっき、コアの一部を拾ったんだ」
「これを食えば、シーカーの力を増幅できると思う」
「でも……」
「……ハァ」
「安心してくださいよ」
「そりゃ、あの姿になったら正直ちょっと引くかもしれませんけど」
「中身は夏生さんでしょ?」
「夏生さんなら大丈夫」
「友達ですからね!」
「おまえが信じるほうへ駆けろ」
「本当の進化ってヤツを見せてやれ!!」
夏生は頷く。
赤く煌めく、宝石のようなコアを口にくわえ、かみ砕く。
地面を駆け抜け、屋上から身を投げ出した。
落下する途中――夏生の心臓から閃光が発され、それは周囲を包み込む。
長い四肢と胴体、白く塗りつぶされている細胞たち。
長い胴体を包み込むほどの白い翼には、赤い目玉が何個も相手のシーカーを射抜いている。
本来の天使というものは、人間の想像を絶するほどの異形をしているらしい。
どこかで聞いたことのあるような話だが、存在するとしたら、目の前にいるものだろう。
やがて二体のシーカーはぶつかりあい、奇声を上げながら空中で戦い合う。
『聞こえるか、柊一、朔良!』
「うおおお!!びっくりしたァ!!」
「は、はい!!聞こえますよ!!」
『おれもおるで!』
「瑞稀!」
『今、俺が開発したスーパーウルトラミラクルボンバーレーザーガン』
『つまりあのシーカーを倒すためのレーザーガンの調整をしてる』
『さすがに俺だけじゃ難航するからよ』
『柑橘の姉ちゃんに付き合ってもらってるよ』
『あとちょっとで細かい修正が完了する』
『……』
『よし……!これでどうかな』
『さすがですね……!』
「頼れる味方がいてよかったよ」
「いいか、撃つのはあの赤黒いほうのシーカーだ」
「白いほうは夏生だ、間違っても撃つなよ」
「バカ」
「撃つのはおまえだよ」
後ろを振り向けば、息を切らしながら壁に手をついている真冬がいた。
手にはケースが握られており、真冬はそれを柊一に向けて投げる。
「っと……!」
「優れた銃の使い手じゃないのに、片方のシーカー狙って撃てるわけねーだろ」
「頼むぜ柊一」
「性能の限界でな、一発撃ったら壊れるぜ」
「んなぁ!?」
「十分だろ」
「……ああ」
「一発あれば十分だ」
目の前のシーカーにぶつかればぶつかるほど、自分の、人間としての感覚が失われていくのを感じた。
どうしようもなく、自分は化け物で。
人間ではない、シーカーなのだと。
目の前のものを傷つけることで、自分の中のなにかが満たされていくのを感じた。
ああ、シーカーとはこうも加害性に満ちた存在だったのか。と、今になって思い知ることになった。
最初にシーカーを造りだした人間たちは、なにを考えてこんなものを生み出したのだろうか。
「(……俺は)」
「(俺は、それでも)」
「(今まで、みんながくれたものを無下にしたくない)」
世間にとって、自分の存在はいらないものかもしれない。
「夏生!!!!!!!」
ビルのほうを見れば、柊一が銃を構えて夏生を見ていた。
夏生は心で頷き、目の前のシーカーに飛び掛かる。
必然的に目玉をビルの屋上へと向けてしまったシーカーは、遠くで笑う柊一を、確かに見た。
「落ちろ……!!」
ディルクロのそばで、赤黒い天使が落ちていった。
それは紙が剥がれていくみたいにボロボロと剥がれ落ち、やがて塵となって消えていく。
その中から現れたのは、夏生と瓜二つの人型だった。
彼は夏生と同じ顔をしながら、同じ目はしていなかった。
どこまでも虚ろで、なにも映さない目。
夏生はその姿を見ながら、彼が本当に望んでいたのは、人間を支配することだったのだろうか?と逡巡する。
――その頃、ビルの屋上で聞こえたのは一発の銃声。
それは柊一に被弾することはなかったが、持っていた銃を落とすよう掠めたものになった。
「柊一さん!!」
朔良が柊一に駆け寄る。
撃った人物は、あの時シーカーに食われていなかった一人……エスと呼ばれる、ディルクロの社長だった。
「長かった実験も、失敗という結果に終わってしまったか」
「なに……?」
「まさか」
「あんた、シーカーじゃないんですか」
「そうだよ、私はシーカーではない」
「ただの人間、シーカーを開発していた研究員のひとりだ」
「レギナは私の成果の第一番として、よく出来たシーカーだった」
「でもまさか、seekar-002もあそこまでよく出来たものだったとは」
「……夏生さんは、もうあんたらに縛られる立場じゃない」
「そうかな」
「化け物はどこまで行っても化け物だ」
「人間と違うと自覚してしまった以上」
「もう元の状態に戻れないと思うよ」
無数の足音が聞こえる。
部屋には瑞稀、千秋、御前。そしてついてくるようにして、警官たちが周囲を取り囲んだ。
「武器を捨てろ!違法研究、及び大量殺人の容疑者として逮捕する!」
エスは表情もなくそれを見、諦めたように武器を捨てる。
ほどなくして夏生も柊一たちと合流し、事件は一旦の収束を迎えることとなった。
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